事務所と駅の丁度中間、今じゃ化石と言ってもいいような純喫茶が存在していた。
ある日気づいたら内装すべてに白布がかかっていて、次に目を留めたときには店の前にトラックが
止まり、新しいテーブルやソファが運び込まれていた。
そして今日は、綺麗に塗りなおされたドアの真ん中に真新しいポスターが貼られている。昨日まで
は、こんなものはなかったはずだ。
通り過ぎかけた足を止めて、2歩下がって内容を確認。
へえ、と口の中で呟いて、立ち止まった分を取り返すべく早足で事務所を目指した。

「あそこ、もうすぐ開店するみたいですよ」
「へえ」
指示語だけで会話が成立するのがなんとなくくすぐったいな、と思いながら、コーヒーを呷るセン
パイの隣でサーバーに水を追加する。真っ赤なコーヒーサーバーなんていうのはここに来て初めて見たけれど、やっぱりこのヒトの肝いりで用意されたものだったりするんだろうか。
「結構いい店だったんだがなぁ。違う店になっちまうのは寂しいぜ」
オレの中で5本の指には入っていたな、と、センパイが頷く。
「あ、そうだったんですか?」
「ああ。こんなに早くつぶれちまうんなら、もっと早いうちに連れてってやればよかったな」
ぽん、と大きな手が頭に置かれ、ぐりぐりと撫で回される。
子ども扱いされているみたいだけれど、この仕草が私は嫌いじゃなかった。
「まあ、まだいい店はあるからな。順番に全部連れてってやるさ」
「おごりですか?」
悪戯っぽく目を細めると、「コネコちゃんにはかなわねえや」と苦笑がかえってくる。
色っぽいやりとりでもなんでもないのに、ドキドキ胸が熱くなる不思議。
「あ。でも私、せっかくなんであそこに行ってみたいです」
今朝見たポスターに書かれていた、私をひきつけた「猫カフェ」のひとこと。
そういう店が存在するのは知っているし、興味がなかったわけじゃないけれど、これまで一度も足
を運んだことはなかったから。
そして何より、目の前の彼は猫にまみれたらどんな顔をするのか、それが見てみたかったのだ。
「いや、必要ないさ。別のところにしようぜ」
しれっとそうかわすセンパイを見上げて、私は口を尖らせる。
「……もしかして猫、ニガテですか?」
「いや、好きだぜ」
「なら、行きましょうよ」
「だから、必要ないって言ってるだろう?」

頭がクエスチョンマークで満たされる。
首を傾げると、何かをたくらんでいるようなニヤニヤ笑い。

「オレにはとっておきのコネコちゃんがいるからな。他の猫なんて必要ねえのさ」

そういって落とされたキスを、決して不快には思わない。
私のほうこそ、彼には本当にかなわないのだ。


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