放課後は一緒に






 普通の女子高生が放課後にどんな過ごし方をしているか……というのが、実のところ俺は良く分かってはいない。
 なぜなら俺が知っている女子高生――つまりはハルヒ、長門、朝比奈さんの我がSOS団3人娘だ――の放課後というのはけったいな団活動によって消費されるだけで、それは一般的な過ごし方からは大いに逸脱しているだろうって事くらいは、いくら俺が女子高生事情に疎くてもさすがに分かる。
 だから結局、俺は女子高生という立場の人間の放課後の過ごし方が分からないのだ。
 なあ古泉よ。俺たちはどうしたらいいんだろうな。
「……それ以前に、僕たちは女子高校生とカテゴライズされる存在なのでしょうか」
 知らん。だが、今の外見だったらそう言わざるを得ないだろう。やれやれ。

 説明しよう。俺も古泉も、どういう訳だか意識だけをそのままに身体を女性のそれへと挿げ替えられていた。

「まあ、周囲を見習ったりすればいいのではないでしょうか。幸いここには沢山女子高校生がいらっしゃいますし」
 ちびちびとポテトを齧りながら、古泉が笑う。
 男だったときから長めだった髪はいまや肩甲骨ほどまで伸びていて、耳から上の髪は頭のてっぺんでぐるりと巻かれ大き目のクリップで止められていた。
「だが、俺たちは決してギャルではないぞ」
 ファッションビルの中のファーストフード店という場所が悪いのだろうか。周りは茶色を通り越した金髪やハイビスカスや多種多様な香水の匂いで溢れかえっている。
 コーラを音を立てて啜る俺は、いつぞや無理やりにポニーテールにしてきたハルヒのような……というか、それそのものの髪型をしている。あいつと違ってリボンはないがな。
「まあ、ここで時間を浪費するよりも、少し歩いてみませんか?面白いものが見つかるかもしれませんよ」
 ジンジャーエールを飲み干した古泉は、いつものニヤケ面を晒していた。
「お前、本当に順応能力高いな」
「お褒めに預かり光栄です」

 いや、褒めてないぞ、俺は。


「これより先は男性同士の立ち入りはできません」という注意書きを横目に古泉がすたすたと入っていったのは、あろうことかプリクラコーナーだった。
「ちょ、お前、ここ……」
「何か不都合がありますか?今僕たちは女性同士、なにもおかしくはありません」
 まあ、そうなんだが。
 だがこれはアレだ、将来的に俺が誰か女子とデートすることになっても立ち入りを遠慮しようと思っていた場所ナンバーワンだ。
 いちいち背景変わるんだぞ。照明に美肌効果とかあるんだぞ。落書きで虹色のペンとか使えるんだぞ。
「嫌に詳しいですね」
 言って置くが俺が知っているのは妹のせいだからな、ミヨキチと撮ってきては自慢げに見せられるんだ。いまどきの小学生ってのはマセてんね、ホント。
 俺の愚痴をはいはいと聞き流しながら、古泉は俺の手を引いてでかい筐体の中に連れ込んだ。
「俺は承知した覚えはないんだが」
「いいじゃないですか、一度撮ってみたかったんですよ、あなたと。一緒の写真なんて夏の合宿のときのものしかありませんからね」
 気色の悪いことを言うな。
「僕が奢りますから」
 そういう問題でもない!

 筐体に小銭を入れた古泉が、アナウンスに従い嬉々として設定を選択して入力していく。
 なんだろうね、この古泉の浮かれまくった姿は。
 そのうちに背後のシートやカメラがうにょうにょ動いて、はいチーズの声でシャッターが切られる。
 ああめんどくせぇ、忌々しい。
 心底だるい、という顔で適当に映っていると、古泉が俺の頬をがっちりと掴んできた。

「もっといい顔、してください」
「いい顔って……むッ!?」

 唇に何か暖かいものが当たった、そう思った瞬間にシャッター音が鳴り響く。
 ……ああ、くそ忌々しい。


 撮影が終わると落書きブースとやらに案内され、古泉は備え付けのペンを手に取ると鼻歌でも歌いだしそうな笑顔でなにやら色々と書き込み始めた。
「ふざけたこと書くなよ」
「書きませんよ」
 ひょいと覗くと、どうやら主にフレームやらきらきらのスタンプやらで飾ることにしたようで、俺たちの周りがやたらメルヘンチックなふいんき(←なぜか(ry)に変えられている。現在進行形だ。
 1枚終わるとまた1枚、古泉はどんどん写真をカラフルなメルヘン空間に書き換えている。
 ……ああ、傍から見たら正しい女子高生の姿かも知れないね、こういうのは。
 古泉が楽しみたいというのなら、付き合ってやってもいいかもしれない。そう思えたのは、古泉のこの行為があのモノクロ空間の反動のように思えたからだ。
 こいつはお気楽極楽学園生活からはるか遠いところにいる人間だが、人並みの楽しみくらいあったっていいはずだ。
 それが男か女かっていう違いはあるがな。

「……あ」
 ふふ、と古泉が笑う。どうしたんだ、と手元を覗き込んで、俺は硬直した。
 気づくべきだった。写真を見ながらこいつが笑う、その被写体はアレに決まってるじゃないか。
 さっきのセンチな想像のせいで、俺はすっかり忘れていたのだ。

 そこには目を見開いた俺と、頬をほんのり染めて俺に口付ける古泉の姿がしっかり映っていた。

「て、め……」
「よく撮れてますね」
 ニヤニヤ笑った古泉が、でかいハートのフレームで俺たちを囲った。
 よせ!そんな写真を後世に残すな!
「……キスプリ、っていうんですよね、こういうの」
 知らん!勝手に人の唇を奪い腐って、なにがキスプリだ!浮かれるのもいい加減にしろこの野郎。
「今は野郎じゃありませんよ」
 ああ言えばこう言う、なんてふざけた奴だろうね。

 もらってください、いらん、いえいえ遠慮なさらず、遠慮なんかしとらん!と、まあそんなすったもんだの押し問答の末、俺は備え付けのはさみで半分にちょん切られたプリクラのシートを古泉に押し付けられた。
「大事にしてくださいね」
 ハートマークが付きそうな勢いで、古泉が満面の笑みを浮かべやがる。
 知らん。帰ったら燃やしてやるぞ。
 俺が不貞腐れていると、意地悪言わないでください、と、少しだけ古泉は口をとがらせた。
「……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
 ただ、お前の笑顔以外の表情を初めて見たなって。そう思っただけさ。
 そしてそれが、結構可愛かっただなんて。そんなのは、きっと気のせいだ。

「どうするよ?まだ少し時間あるけど」
「そうですね……」
 ふたりでビルの案内板を見ながら考える。
 帰るにはまだ早いが、ひと遊びするにはいささか足りない。そんな中途半端な時間を俺たちは持て余していた。
「……あの、ここなんかいかがでしょうか」
 そういって古泉が指差したのは、あろうことかランジェリーショップだった。
「断る」
 どうせ一緒に試着しましょうだのお揃いを買いましょうだの、そんな下らんこと考えてるんだろうが。
「ええ、さすがですね、その通りです。いかがですか?」
「だから断る」
 大体、今日買ったとていつまでこの姿なのか分からんだろうが。
 大きく息を吐きながらそう言ってやると、古泉はあきらめたように肩をすくめた。


 結局ああだこうだと案を出し合っているうちにタイムオーバーとなり、俺たちは帰途についた。
「明日起きてもこのままだったらどうしような」
「そうですね……僕は一向に構いませんが」
 今日一日ほんとうに楽しかったですし、と、どこか遠い目をして古泉が呟く。
「楽しかったのか、お前」
「はい」
 花のように笑う古泉は今日一番どころか、俺が知っている古泉のいくつもの笑顔の中でも一番の逸品だった。
 ああ、こいつは本当に楽しかったんだな、こういうごく普通の過ごし方に憧れてたんだな、と思うと、それは嬉しいというより少しだけ切なかった。
「……いつもの団活より、か?」

 だから俺は、こんなことを聞いちゃいけなかったんだ。

「……その質問は、反則です……」
 古泉の顔が瞬時に曇る。
 曇っているのに口元は微笑をたたえて、それは俺の知る古泉の仮面の笑顔だった。

「……悪い」
「いいえ、貴方は悪くありません。もちろん、涼宮さんもです」
「古泉」
「そんな顔をしないでください……それでは、また明日」
 今日はありがとうございました。そう言い置いて、古泉は夕焼けに染まる改札口へと吸い込まれていった。

「それは、俺の台詞だ」
 俺の囁きは雑踏に紛れて霧散した。
 そんな切ない顔をさせたくなかった。こんな非日常が今日だけだとしても、最後まで笑っていたかった。
 俺以上にそう思ってたはずなんだ、古泉は。

 

 帰宅すると、俺は一番に鞄の中からくしゃくしゃになったプリクラを取り出した。
 もっと丁寧に扱ってやるべきだった。このプリクラも、今日の古泉も。
 一番大きく写った写真を切り取ると、携帯の電池パックを剥がしその裏に貼る。

 俺の手の中で、ハートに囲まれた女子高生がキスをしている。
 ひとりは驚いたように、そしてもうひとりは心底幸せそうに。

 ここは俺の部屋で俺ひとりしかいない。だから誰にも聞かれないから言ってやる。
 なあ古泉よ。別に嫌じゃなかったぞ。
 べったり貼られたこいつがその証拠だ。嫌だったものをこんな大事に貼ったりするかよ。
 もし明日俺たちが元に戻ってしまっても、また一緒に遊べばいいじゃないか。
 プリクラには入れないから、そうだな。カラオケやらウィンドウショッピングくらい付き合ってやってもいい。
 もし明日もこのままだったら、ランジェリーショップだってなんだって付き合ってやる。
 もう一回プリクラ撮ってやってもいいぞ。今度は俺も落書きに参加してやる。
 額に肉とか馬鹿みたいな書き込みをいっぱいして、お前を笑わせて腹筋崩壊させてやるよ。
 もっと言うなら、今日お前がここに書いたみたいなことを今度は俺が書いてやったっていい。

 だいすき。

 きらきらのペンで書かれたひとことを、俺は指先でそっとなぞった。


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