「キレイが闇を照らすみたいに」本文サンプル
「……ってわけで、式場をお姉ちゃんと神乃木さんのふたりに使ってもらえないかな、と思って……ダメ、かな?」 「そ、そんなの、無理に決まってるじゃない!」 らしくなく、千尋が大声をあげた。ああ、やっぱり。 「センパイもなんとか言ってください!」 「…………」 「ちょっと、センパイ?どうしたんですか?」 すっかり固まってしまった神乃木の目の前で、千尋がひらひらと手を振る。それでようやく我に返ったらしく、神乃木がひとつ咳払いをした。 「その、なんだ……悪くないと思う、ぜ」 「……え!?」 千尋は勿論、絶対に断られるだろうと覚悟していた真宵も驚いた。話を持ちかけておいてなんだけれども、まさか、肯定されるとは思ってもみなかった。 「そんな、正気ですか!」 「失礼だな。オレはいつでも程々に正気だぜ、コネコちゃん」 そう言い放つ神乃木は、憎らしいほどに落ち着いた笑みを湛えている。しばらくそのまま千尋を見つめると、ゴーグルを外して机に置いた。 「この目が冗談を言っているように見えるかい?」 「そ、れは……」 どこまでも真摯な瞳に、千尋はいたたまれなくなって目をそらし俯く。 「チヒロ」 「……無理です……」 神乃木の優しい声は、昔と寸分違わない。そのことが、余計に千尋を混乱させた。 「……だって私、もうこの世にいないんですよ?」 「別に婚姻届を出すわけでなし、戸籍なんて関係ねぇさ」 「そんなことになったら、しょっちゅう私を呼び出すことになる真宵やはみちゃんに負担が……」 「あたしなら大丈夫だよ、お姉ちゃん!」 真宵はぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。春美もきっとそう言うだろう。 「相変わらず強情だな、チヒロ」 「…………」 「そうだな。じゃあ、質問を変えよう」 怖いほどに真剣な表情を浮かべた神乃木が、千尋に顔を上げるように促した。 「チヒロは、オレと結婚式を挙げるのはイヤか」 「……そんな聞き方は、ずるいです……」 再び、千尋は深く俯いた。 嫌なわけがない。かつては何度もそんな光景を夢見た。 けれど、神乃木が毒に倒れてからはそれもかなわないと諦めていた。まして自分が鬼籍に入ってしまった今、霊媒で現界できてもそれは一時的なものでしかない。仮に結婚式を挙げたとして、そのときだけは幸せな気分に浸れるだろう。でも、その幸せは一瞬のうちに失われてしまうのが目に見えている。そうなったときの苦しさ、辛さはどれほどのものだろうか。 死者である自分はともかく、これからを生きていかなければならない神乃木にそんな思いをさせたくはなかった。
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