拍手お礼SS(拍手編)

 

1:

ぼくは拍手を送られる側じゃなくて、いつも送る側だった。
例えば夏休みの読書感想文コンクールで賞を取った御剣に拍手を送り、例えば写生大会で金賞に
なった矢張を称えた。

あれから十数年経って、ぼくも未熟ながら「先生」と呼ばれる人間になった。
賞賛の拍手を送られることも、いくらか増えた。
でもぼくが送られたい拍手は、たったひとりぶんだけ。
裁判所であいまみえる度に、変わってしまったきみを見るたびに、この願いがかなう日なんてな
いような気さえしていた。

でもそれも、去年までの話だよ。


 

2:

父が存命だった頃から現在に至るまで、年の瀬に第九を聞きに行くのが恒例行事になっている。
これを聞かないと、気分よく一年を締めくくることが出来ないのだ。
今までそれが適わなかったのは、たったの2回。そのいずれの年も、私の人生を大きく変えた。

「ブラボー!」
水を打ったように静まったホールのどこからか、感極まった大きな声が聞こえてくる。
それを川切りに、さざなみのように演奏を称える拍手が沸き起こり、私もそれに倣った。
掌が熱くなるほど手を打ちながら、今年は気分よく終われそうだ、と、満足げに息をついた。

 

3:

雑居ビルの一角、ガラス戸の横によいしょと看板を掲げる。
そして、扉の両脇に用意していた塩と米を盛ると清酒を小さな平皿に注いで横に添える。

髪を解いて、改めて入り口を眺める。
綾里法律事務所。
…これが、この先一生を賭けて私が戦う場所。
どうか見守っていて欲しいと願いながら、私は八百万の神と眠り続ける彼に届くようにと手を合わせ祈った。

 


4:

目覚めてから半年、光以外はほぼ何も見えなかった世界が単色の世界に変わった。
右手を持ち上げれば右手が見えるし、指に光る指輪も見える。
テレビに目を向ければ、今まで声しか聞こえなかったものが映像を伴って脳へと届く。
「なんだ、最近のニュースキャスターはネクタイも締めねえのか」
俺が何気なく漏らした一言に、科学者が凍りつく。
ソイツにあるまじきしどろもどろな口調で、俺はおぼろげにそれが何を意味するのか悟る。

…たいしたもんだぜ。
こんなにも不完全で生き汚い自分と完璧ではなかった科学者の両方に、俺は皮肉交じりの拍手を送った。

 

5:

特撮番組は、だいたい1年で新しいシリーズにかわる。
それはトノサマンも例外じゃなくて、今日が最終回。来年早々から、あたらしいトノサマンが始まる。
もちろん楽しみにしてるし、情報があたらしく公開されるたびにわくわくしたりがっかりしたりするけど(電車がモチーフってどうなの、それ!)、今は最終回がいちばん大事。
雑魚敵を回し蹴りで蹴散らすトノサマン。積年のライバルに、必殺技を華麗に決めるトノサマン。
やっぱり、かっこいい!きゃーきゃーとひとり歓声を上げながら、拍手喝采。

そういえば、去年の今頃もこのトノサマンにわくわくしたりがっかりしたりしたっけ。
なんてことを思い出して、やっぱり来年が楽しみになったあたしだった。

 

6:

倉院では、テレビにあまりたくさんチャンネルがありません。
わたくしは今まで特にそれを意識したことはなかったのですが、
真宵さまのお部屋にお邪魔するようになって、世の中にはもっとたくさんのテレビ番組があることを知りました。
「すごいよはみちゃん!モリだけであんなでっかいタコ捕まえちゃうんだよ!」
真宵さまが、興奮したようにわたくしの肩をゆすります。
テレビを見ると、おにいさんがスミだらけになりながらタコをつかんで叫んでいました。

それを素直にすごいと思い、わたくしは真宵さまと一緒に手を叩いてわらいました。

 

7:

ちょっとまとまったお金が入って、そんなときに限ってグーゼン(グーゼンだぞ!)彼女がいなくて、
さらにグーゼン通りかかったのがネオン街。
いい娘いるよーなんて呼び込みの声…そりゃー行っちゃうでしょ、男として。

「ライ、ラララライ、ラララなんじゃそりゃなんじゃそりゃ行け行けゴーゴーライっ、ラララライっ♪」
カワイイ女の子たちの一気コールと、ジョッキをカラにするオレに向けられる拍手の雨アラレ。
サイフは空になりそうだけど、女の子の楽しそうな顔みれたから。ま、そんでいいや。

 


8:

ようやく物心付いたような小さな子供の頃、私はバイオリンを習っていた。
初めての教本で、初めての曲が何とか弾けるようになった頃、どういうわけか父が帰ってきた。
新しい年はこちらで迎えられるという。私は嬉しくなって、覚えたての曲を父の前で弾いてみせた。
私の演奏を聞き終わった父は、右腕を動かさないまま、ゆっくりと拍手をしてくれた。僅かにしか音のない、力ない拍手。

今なら、その意味が分かる。
父と同じ傷跡が、寒さに引き攣れ疼いた。

 

9:

カチョーの調子外れの歌にうんざりしながらも、手拍子はとめない。
これはもう、不器用な自分が世の中を少しでもうまく渡っていくための処世術みたいなもので。
お前も歌えとマイクを渡されれば断ることは出来ない。これも処世術。

カチョーをとやかく言えない調子外れの歌を自分も披露して、愛想笑いでグラスを掲げた。
もう何杯目かは覚えていない。無礼講、奢りという言葉だけが頭を回る。
とりあえず普段の食生活に足りないものを胃の中に収めることに専念していたら、
いつの間にかカチョーに回ってたマイクを見逃し手拍子を忘れ、同僚たちの粗相コールで一気飲みさせられた。

 

10:

幼い頃の記憶を手繰ると、いつも思い出されるのは大人に褒められる姉の姿。
姿かたちは同じなのに、要領の良かった姉はいろいろなことを本当に良く覚え、
大人たちの好む「子供」を演じた。
姉が何かをすると、周りの大人は手をたたいて喜ぶ。姉を褒める。

そんな姉が誇らしくて、私は当の姉本人に比較され貶められていることにも気づかずに
周りの大人たちと一緒になって姉を褒め、手を叩いていた。



 

(2006.12.28~2007.1.6)


「拍手」がお題の拍手SS。10種ランダムでした。誰が誰かわかります…よね…?
一度に10回しか押せないということで、全部見れた方がいたのか少し不安です。

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