拍手お礼SS(記念日編・2月)

 

1:

 ぱらぱらと小気味よい音が事務所の中で響いてる。
 ぼくはこういうのはどうでもいいと思ってる派なんだけど、
 春美ちゃんが
「昔からの慣習にはきちんとイミがあるのです!」
 とぼくに説教をかまし、
 真宵ちゃんは真宵ちゃんで面白いからやろうよーなんてぼくにおねだりをして。
 結局押し切られるようなカタチでOKサインを出してしまい、
 本日の成歩堂法律事務所にはマメが飛び交っているというわけ。

「なるほどくん、ぼさっとしていてはダメなのですよ!ふくはーうち!」
「ほらなるほどくんも投げて!おにはーそと!」
 マメの入った枡を押し付けられると同時に、ぺちっとマメがぶつけられる。

 ああもうしょうがないな、まったく。
 カワイイふたりの助手の頼みだ、聞かないわけにも行かない。
 …っていうのはタテマエで、ホンネを言えばあとが怖かったり。

「おにはそとー!」
 枡に手を突っ込んでマメをありったけ握り、力の限りドアにぶつけた。
 …はずだった。

「…成歩堂龍一…これはなんのつもりかしら」
「ちちちちっちががが、こここここここれはっ」

 狩魔冥のカラダからこぼれて、ぱらりと床に散らばるたくさんのマメ。
 あ、髪にマメがはさまってる。やばいこれ気づかれたら殺されるぞ。

「あーかるま検事だ!ねーいっしょにマメまきやろう!」
「はい、かるま検事さん!このますを使ってください!」

 うわあ頼むよ真宵ちゃん春美ちゃん。空気読んで。
 今ぼくちょっとばかり死にかけてるから。

 …えっ、なに、マメまきやってくの?
 で、なんでそんな怖い顔でぼくを、っていうかマメまきにムチ必要ないから!
 っていうかぼくがきみにマメをぶつけちゃったのは不可抗力で、
 ちょっ待ってぼくは鬼じゃないっていうかそもそもマメまきってそういう行事じゃないし
 真宵ちゃんも春美ちゃんも笑ってないで止めてくれよ、って

 うわーッ!!

《2月3日 節分》

 

 

2:

 だらだらとつけっぱなしになってたテレビが、野球中継を映しはじめる。
 すると、それまでテレビには目もくれずに読書にいそしんでたはずの御剣が
 いきなり「テレビを消してくれないか」と言ってきた。
「イヤ、ここ御剣の家なんだから、別にぼくに断らなくてもおまえが消せばいいだろ」
「リモコンはきみの目の前にあるのだがな」
「……」
 ああそうかい、と、ぼくはため息をつきながら御剣の言葉に従う。
 ぱちんと静寂が訪れて、御剣は満足したように大きくひとつうなずくと
 またその手の中の本に没頭し始めた。

「…御剣、野球嫌いだっけ?」
「いや、野球そのものは好きでも嫌いでもない」
「じゃ、なんで?」

 今まで、もっとバカバカしくて騒がしいバラエティーが流れてたのに
 野球にだけ反応するのはなんでだろうって、そう、
 ただ純粋に疑問に思っただけだった。

 …でも、御剣の反応は予想外。

「きッ、きみには関係のないことだ!」

 なんだか知らないけど、動揺してる。
 んー。ぼくの美しきスイリでは…ズヴァリ!

「たかだか18,9の若造が、軽々しく天才とか怪物とか言われてるから?」
「……!!」

 お。当たり。さすがはぼく。

 かつて20歳だった天才検事は、耳を真っ赤にして顔をそむけた。

《2月5日 プロ野球の日》

 

 

3:

 一点豪華主義。それがオレのポリシー。

 っていうか、最近は女のコに金かけてばっかりで
 自分の服にまで気が回らない、ってのが正直なところ。
 もう5年は着続けている、明るい柿色のレザージャケットに袖を通した。
 清水の舞台からロケットダイブするよーなキモチでこれを買ったころから、
 オレの生活は何一つ変わらない。

 インナーはリカちゃんとフリマで買ったTシャツ。
 履き古したパンツは、サクラちゃんが兄ちゃんからもらってきた年代モノ。
 (でも、ヴィンテージってワケじゃねェぜ)
 オレがずっと前から探してたのをアイちゃんが見つけてくれた、
 ミュージシャンプロデュースのスニーカー。

「矢張政志の半分は、出会ってきた女のコたちのやさしさでできています」

 …なんちゃって。
 どっかのCMみたいなコトバをちいさな声でつぶやいて、
 オレは古ぼけたアパートのドアを開けた。

 さあ、今日もデートだ。

《2月9日 服の日》

 

 

4:

「真宵さま、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
 はみちゃんがてこてこと近づいてきた。
 もじもじ指先をつき合わせて、心なしか頬が赤い。
 真面目な話かな。スキな男の子ができた!とかだったらどうしよう。
 そりゃもうアドバイスとかしなきゃね!うんうん。
 わーお。ほんとにはみちゃんのお姉ちゃんになったみたいな気分。
「ん。なーに?」
 あたしは食べかけのポテトチップの袋を置いて、はみちゃんの正面で正座した。
「きょう、学校で健康診断があったのです」
「ふんふん」
「それで、あの…」
 そこではみちゃんのコトバは止まってしまう。
 んー、どうしたんだろ。
「ん、なあに?」
「あの、あのっ!」
 ごきゅ、と音がするほど息を呑んで、はみちゃんは一気にまくし立てた。

「ぶらじゃーというのはいくつになったらつけるものなのでしょうか!」

「へ!?」
 思ってもみなかった言葉に、あたしはぽかんと口を開けた。
「で、ですからっ、ぶらじゃーです!
もう、クラスのおともだちの半分くらいがその、つ、つけていたので…」
 はみちゃんの顔は真っ赤で、コトバも心なしかしどろもどろだ。

「あははははっ、そっかー、ははははっ!」
「ま、真宵さまっ!笑い事ではありません!わたくしはほんとうに悩んで…」
「うんうん」
 そうだよね、ははは、でもなんかカワイイなあ。
 あたしにもそんなときがあったっけ。

「いつ、なんてキマリはないよ」
「え、そうなのですか!?」
「ちなみにあたしは、中学入ってから。お姉ちゃんは今のはみちゃんの年にはつけてたかな」
 …なにせ、お姉ちゃんはムカシからぼいんぼいーんだったからね。
「はみちゃんがムネが気になるようになってきたな、って思ったらでいいと思うよ」

「はい!わかりました!ありがとうございますっ」
 はみちゃんがぱあっと笑顔になる。
 そして、その笑顔はあたしをどん底に突き落とすものだった。
「もう、走ったりするとゆれて痛かったのです!真宵さま、今度買いにいくのに付き合ってくださいね!」

 …うわあ、この子将来超有望。
 2,3年もすれば逆転されちゃうだろうな、あたし。

《2月12日 ブラジャーの日》

 

 

5:

 まだまだ下っ端のチヒロには、半ば雑用めいた仕事も任されている。
 朝はまず窓を開け留守番電話を解除し、書類の入ったキャビネットのカギを開ける。
 掃除やお茶汲みは持ち回りだが、彼女は率先してそれらをやってしまう。
 まあ、常時仕事に追われてる俺達みたいなのにとってはありがたかったわけだが。

「銀行に行って来ますね」
「おう」
 背中越しに聞こえた声に、ひらひらと手を振って答える。
 事務所から徒歩数分の銀行まで記帳に行くのも、彼女の日課。

 誰かがつけっぱなしにした雑音だらけのラジオ。
 そして俺がキーボードを叩く音だけが、事務所に響き渡る。
 他の奴らは全員出払っていた。

『…○○市……で、……強盗事件が発…した模様です』
 なんだ、近所じゃねえか、物騒な世の中だぜ。
 そんなことを考えながら、キーボードを叩き続ける。
『…○…市……町、**銀行△支店にて……現在も立て篭……続いており』
 聞き覚えのある地名に、聞き覚えのある銀行名。
 俺は、自分の血の気が引く音を初めて聞いた。

 そして、こんなときだけ雑音もなく、最悪の言葉が続けられる。
『人質となった女性の安否が気遣われています』

 もう、なりふり構っていられなかった。
 事務所が留守になるのも構わず、俺は駆け出した。


「…ッ…チヒロ…!」
「あれ、センパイ」
 信号待ちの交差点。間一髪で、俺はチヒロの腕を取った。
 間に合った。そう理解した瞬間、情けないことに腰が抜けた。
 彼女はきょとんとした顔で、一体どうしたんですか、と首を傾げる。
 どんな気持ちで俺がここに来たのかなんて、まるきり気づいちゃいない顔だ。
 だが気づかせる必要もない。俺は立ち上がると、事実だけを彼女に伝えた。

「だから今日はナシだ。爺さんには後で伝えればいい」
「あ…はい」
 そのまま手を引いて、踵を返し歩き出す。柔らかな掌。
 俺は、この温もりを守れたことに安堵した。

《2月13日 銀行強盗の日》

 

 

6:

 宵闇の中、手探りで取り出した小さな水筒をあけて中身をカップに注ぐ。
 ふわりと甘い湯気が立って、ボクの周りをあったかく包んだ。

「仕事なんだもん、しょうがないって」
 うなだれるボクを慰めるようにそう言って、彼女が用意してくれたのは甘い甘いホット・チョコレート。
「寒くない?コレも持っていきなよ」
 出がけに首に巻いてくれた、彼女愛用のストール。
 淡い紅色がとても彼女らしいそれは、ボクから彼女への最初の贈り物。

「一日過ぎちゃうけど、ユーサクくんが帰ってくるころにはちゃんとおっきなケーキつくって待ってるからね」

 玄関先で見せてくれた、大輪のひまわりみたいな笑顔。
 ボクの大好きなその表情を思い浮かべながら、
 しあわせな甘さをゆっくりと飲み込んだ。

 …でもさ。
 この怪盗ルックに水筒にストールって、どう考えてもミスマッチで怪しいんだけど。
 いや、そもそも怪盗ルックの時点

 まあ、いいか。
 この大仕事を無事に終わらせて、早く家に帰ろう。

 大好きなまれかちゃんとまれかちゃん特製のケーキが、ボクを待ってるから。

《2月14日 バレンタインデー》

 

 

7:(※ナルミツ弱アダルト風味・反転でどうぞ)

「…子供の頃さ、見ちゃったことがあるんだよね」
 御剣の服を脱がしながら、ぼくはふと思い出した。
「見た…とは?」
「親がシテるとこ」
 ぼくのひとことに、御剣が盛大にむせる。げほげほと咳き込む背中を叩いてやった。
「ちょっと、御剣!大丈夫?」
「だ、大丈夫だ…しかし、君が突然そのようなことを言うから」
「突然かなあ?」
「突然以外のなにものでもないぞ、今のは!」

 …あー、うん。
 いかに以心伝心恋人同士とはいえ、やっぱ説明しないとわかんないよなあ。
「ちょっと長くなってもいい?」
「出来るだけ手短に頼もう」
 あっさり否定されて、ぼくは仕方なく思いっきり端折って説明を始めた。

「4歳くらいだったかな。トイレに行きたくて起きたんだよ。
 同じ部屋で寝てたから、オフクロの枕元まで歩いてって、トイレーって言ったんだ。
 …そしたら、オヤジがオフクロに被さってきっちり固まっててさ。
 そんでね。返事が、わかったとかじゃあ行こうかとかじゃなくって、
 「これはプロレスごっこしてるだけだから!」って。今考えると笑っちゃうけど、
 でもさ。多分オヤジもオフクロも必死だったんだよね」
 ぼくの下で腕を組んだ御剣が、ふうむと唸る。
「ム。まあ、そうなのだろうな…しかし、それはさっきの発言の説明にはなっていないぞ」

 あれ、わかんないか。
 ぼくはマウントポジションを取ると、御剣を見下ろしてにやりと笑う。
「やっぱりぼくらも誰かに見られたら、プロレスごっこって言い訳するのかなーって思ってさ」

「…そのような世迷言を言う前に、見られないよう尽力するのが筋ではないのか。
 第一春美くんならともかく、冥や真宵くんはさすがにそれでは誤魔化されてはくれないぞ」

 不機嫌そうな口調に、ぼくは苦笑でこたえてやる。
「はいはい。これからも善処します」

 施錠もカンペキな休日の事務所で、ぼくは御剣の肌にそっと唇を落とした。

《2月19日 プロレスの日》

 

 

8:(※カミチヒ弱アダルト風味・反転でどうぞ)

 大きく息をつく彼女を、ゆっくりとベッドに横たえる。
 後始末をしながら、汗でまとわりついている頬の髪を払ってやった。

「…大丈夫か?コネコちゃん」
「だいじょうぶ、です…それと、いい加減そうやって呼ぶのやめてくれませんか?」
「クッ…さっきまでのアンタは完全にコネコだったぜ」
「…!!」

 揺さぶるごとに漏れるカワイイ鳴き声と、
 子が親に縋るようにしがみついてくる両の腕。
 普段よりも上がった体温も、まるで小さな動物のようで。
 守ってやらないといけないって、そんな気にさせる。

 しみじみとさっきまでの行為を反芻していると、いきなり顔面に枕が飛んできた。
「イテェな、何するんだ!」
「センパイが悪いんです!」
 布団を引き上げて胸元を隠した彼女の頬が、真っ赤に染まっている。
 ニヤニヤしながら見つめたら、今度は耳まで赤くなった。

 これだから、彼女をからかうのはやめられない。
 くるくると表情を変えて、それでも決して俺を拒絶することはない。
 安心して委ね合っている同士の、他愛のないじゃれ合い。
 俺は彼女を布団ごと抱きすくめて、こめかみに口付けた。

「…もう一度、コネコにしてやろうか?チヒロ…」

 囁くように、なるべく甘く。
 声だけで、俺を求めて身体の奥が疼くように。
 熱の篭った声を、彼女の耳元に落とした。

 唇を離して額をあわせ、まっすぐに彼女の瞳を覗き込む。
 その瞳は、思惑通りに濡れていた。

 可愛がってやるぜ、コネコちゃん。

《2月22日 猫の日》

 

 

9:

 窓から差し込む冬の日差しがまぶしい。
 むさ苦しい男だらけのオフィスで、私はこっそりとため息をついた。
 
 バカンスの季節はまだ遠く、たかだか2日のホリデイでは日頃の疲れを取るので精一杯だ。
 時折アパートメントの狭いバスタブで、日本のように湯を貯めて体を沈める。
 そんなひと時だけが、私を心からリラックスさせてくれていた。
 
 判例につぐ判例。さらに現場検証。
 机の上に無造作に積まれていく書類を、次々に処理する。
 自分がマシーンにでもなったみたいな気分で、少し笑える。
 
 …ああ、コレは警察署まで出かけないといけないみたい。
 ふと、懐かしい顔を思い出した。
 かといって、会いたいのかと問われれば別にそんなことはないと答えるし、
 私がそう答えるのを彼が知ったとしたら、きっと情けなく眉尻を下げるのだろう。
 リアルに思い出してしまって、少し笑みがこぼれる。
 
 私にとって家族と呼べる人はもう姉しかいないけれど、
 弟弟子は海外出張の折にはこちらに顔を見せにくるし、
 頼んでもいないのに毎月のように手紙を送ってくるバカもいる。
 …まあ、手紙を送ってくるのはバカばかりじゃないのだけれど。
 
 だから異国に一人ぼっちでも、寂しさなどは感じない。
 
 次のバカンスは少し長めにしてみよう。
 私を忘れずにいてくれる彼らに、残らず顔を見せに行こう。
 
 会いたいなんて言わないし、そんなこと微塵も思っていないけど。
 
 私自身がこの国を脱出する日を待ち焦がれているのも、
 また紛れのない事実だった。

《2月26日 脱出の日》

 

 

10:

「おう成歩堂、真宵ちゃん!オレは目覚めたぜェ!!」
 チャイムも押さずに事務所に闖入してきた矢張を、ぼくたちは冷ややかに見つめた。
「ぼくら今日忙しいんだよ、何しに来たんだおまえ」
「オレの溢れんばかりの才能をわかってもらいたくて」
「ああそう。今日はホント忙しいから無理」
 ぼくはひらひらと手を振って、ジェスチャーで帰りを促した。
 相手をしたら負けだ、多分小一時間は平気でコイツにとられてしまう。

「忙しい忙しいってオマエなァ、ちょっとくらい時間取れるだろ?」
「いや、今日は本当にムリだ」
「冷てェなぁ、成歩堂!なあ、真宵ちゃんなら見てくれるよな!オレの魂の傑作!」
 ばらばらとスケッチブックをめくる矢張の手元を、真宵ちゃんがどれどれと覗き込む。
 …あーあ、知らないぞ。
「え、なんですか?絵本?」
「違う違う、絵は絵なんだけど、イラストエッセイっていうの」
「へー、おもしろそう!なるほどくんもちょっとだけ見てみなよ!」
 真宵ちゃんに首根っこをとられて、いっしょに矢張のスケッチブックを覗かされた。

 いつもながらシュールな絵と、さらに上を行くシュールな文章。
 これでコイツがなにを伝えたいのか、いっそすがすがしいほどにさっぱりわからない。
 真宵ちゃんも脱力したように、ぼくを振り返る。

「…これは…ひどいね…」
「うん、ひどい」
「…ああ、ひどいな」
 声がひとつ多い。
 アレ、と思って顔を上げると、そこには御剣がいた。

「御剣、どうしたの?」
「参考になるだろう判例があったので持ってきたのだが…きみは忙しいのではなかったのか」
「イヤ、忙しいよ!コイツが勝手に」
「なんだよ!なんなんだよ!せっかくみんなをカンドーさせてやろうと思ったのによォォ!」

「「「イヤ、無理」」だ」

 3人分の声が、キレイにハモった。

《2月28日 エッセイの日》

 

(1~5…2007.2.1~2.13)
(6~10…
2007.2.14~2.28)

どうやら、このくらいの長さで定着しそうです。
結構書きやすい長さなので、ネタ出しさえ済めば本当にさくさく出来ます。
3月も頑張ります。


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