3:
「やきゅうけん、とは、いかようなものなのですか?」
寒いし鍋でもしようなんて集まって、和気藹々とコンロを囲んでいたそのとき。
テレビから聞こえてきた音声を耳ざとく拾った春美ちゃんが、とんでもないことを質問してきた。
瞬間、ぼくはシラタキをクチからぶっ飛ばし、
御剣は変な所に酒が入ってしまったらしくげほごほやってる。
真宵ちゃんは…何がおかしいのかけたけた笑ってる。あーあ。ダレだ、酒飲ませたの。
「簡単よー春美ちゃん。すぐできるから、なんなら一緒にやってみゲフゥ!」
真っ赤な顔をした矢張が何か不穏当なコトをクチにしようとして、ぶっ倒れた。
誰だか知らないけどありがとう。さもなくば、ぼくがやってた。なんというか、もっとこっぴどく。
「まったく、君はいたいけな子供に何をさせようというんだ!」
…って、御剣が犯人か。
なんか赤い顔して立ち上がって、矢張の首根っこをむんずとつかむ。
「今の発言は懲罰物だな…罰として、私と勝負してもらおうか!」
「んぎゃわわわあああッ!」
…忘れてた。御剣は意外と酒癖が悪い。
そして、じゃんけんだけはめっぽう強いのだ。
《1月8日 勝負事の日》
4:
「…ようし、これで大丈夫。練習は明日からにしましょうね」
わたしの背よりも少しだけ短いスキー板が、目の前でぴかぴか光ってる。
頭をなでてくれる母代わりのこのひとは、小柄でふくよかでよくわらう。
おかあさんよりも、やさしい。
わたしは、このあいだまでよりもしあわせかもしれない。
そう思ってから、わたしはふるふると首を振った。
「んん…どうしたの?」
…姉さま。ねえさま。
去年はいっしょに雪だるまを作った。
その前は雪合戦をして、ふたりそろって風邪を引いた。
そのまえはもっとちいさくて、たぶんまっしろな景色をただながめてた。
まっしろで静かすぎて、こわくて泣いたかもしれない。
ふたりで、いっしょに。
「…ねえさまといっしょがいいよう…」
冬のコートもてぶくろも、いつもなんでもいっしょだった。なにをするのもいっしょだった。
姉さまがいないのに、前よりしあわせなわけがない。
目の前におかれたひと組だけのスキー板が、わたしはいまひとりなんだとつよくつよく思い知らせる。
ぽろぽろと涙をこぼしつづけるわたしを、毘忌尼さまがぎゅっと抱きしめた。
《1月12日 スキーの日》
5:(※ナルミツ弱アダルト風味・反転でどうぞ)
…何故、我々は2日と空けずにこのような夜を過ごしているのだろうか?
そんな思考は、すぐに舌ごと絡め取られて溶けてゆく。
唇を甘噛みされて、身体が跳ねる。跳ねた腰が押さえつけられる。
かと思うと、何かを確かめるように辿られた。
喉の奥で、必死に声を噛み殺す。
痙攣でもしているかのように、びくびくと揺れて止まらない。
止まらないのは、身体の奥で生まれる熱のせい。
指先が私を辿り、短いスパンで吐き出される熱い息が私を包み込む。
私は背中に縋り、少し汗ばんだ肌を爪先で掻く。
熱が生まれるのは、冬の寒さのせい。
渇いた口を潤したくて、唇を強請った。
《1月15日 アダルトの日》
6:(※ナルミツ弱アダルト風味・反転でどうぞ)
ウチの冷蔵庫には、ビールが常備されている。
この間矢張んちに行ったけど、あいつもそうだった。
それで、風呂上りにグッと一杯、みたいな習慣は、結構みんな一緒なんだなぁなんて思ったりした。
だけど、予想通りというかなんと言うか、御剣は違ったわけで。
「そのようなモノは常備していない。というか成歩堂、早く服を着たまえ」
「……」
どうせすぐ脱ぐんだからいいじゃんか、と思ったけれど、
それを口に出したらきっと、怒りで取り付く島もなくなってお預けコースまっしぐらだ。
せっかくのふたりの夜を台無しにしたくないぼくは、スウェットを被りながら違う言葉で会話をつないだ。
「じゃ、なんでもいいや、お酒ある?毎日晩酌してると、なんか飲まなきゃいけない気になるんだよね」
「あるにはあるが…今日は我慢してもらえないか」
…わっかんないなぁ。あるならくれればいいのに。
じゃあしょうがないからかわりに御剣をいただきます。
そんなぼくのことばは御剣にうまく届いたようで、御剣の赤くなった頬がぼくの首筋に寄せられた。
どくどくと脈打ち続ける己はそのままに、御剣の上に倒れこむ。
…と、御剣の苦しそうな呼吸が一瞬止まって、けほけほと咳き込んだ。
「どうしたの?」
「…少し…、重かった」
咳き込みながらもなんだか悪戯めいた表情を浮かべる御剣を前に、ぼくは固まった。
「…もしかして、さっきぼくにお酒出してくれなかったのって…」
「晩酌がそのような弛んだ体を作るのだ。暫く酒はやめたまえ」
ビンゴ。
ぼくのちょっとした変化に、御剣は気づいていたみたいだ。
ぼくだって弛んだオッサンになるのはいやだから、わかったよって苦笑いしながら、御剣の上から体をどかした。
《1月16日 禁酒の日》
7:
ジブンは不幸の連続の中で生きて来たっス。
ムカシ、そんなジブンでも玉の輿に乗れれば
少しはマシな人生が送れるかもしれないと思ったことがあるっス。
ジブンには特別とりえなんてないっスが、それでも少女マンガみたいな出会いをユメ見たワケっスよ。
いつかカッコイイ王子様がやってきて、アタシの手を取って
アタシの不幸にまみれた人生をすっかりバラ色にしてくれる、って。
でもそれは夢物語で、ジブンがシッカリしないことには
幸せなんてつかめっこないことに、オトナになってようやく気づいたっス。
…まあ、シッカリしたところで、ホントに幸せがくるかどうかなんてわかりっこないっスけど。
それでも。今のアタシの人生は、決して悪くないんス。
…ホントっスよ?
お世辞にもカッコイイとはいえなくても、ジブンのために
必死になってくれる人がいるって、わかったっス。
ありのままのアタシを想ってくれる人がいるって、知ったっス。
まだまだジブンには努力が必要で、『不幸なヒト』になるのにも
ちょっと道のりは遠そうだけれど、それでもいいっス。
トータルで見たらまだまだ不幸かもしれないけれど、
アタシは今、ちゃんと幸せなキモチを感じることが出来るっスから。
《1月20日 玉の輿の日》
8:
今日は手料理をゴチソウしてやるぜ。
そんな言葉に喜んだのは、彼が台所に立ったその瞬間まで。
見る間にジャガイモが皮に身を取られて小さくなっていく。
ニンジンが、皮ごとぶつ切りにされてる。
おまけに、押しつぶすようにタマネギを切るものだから、どんどん目が潤んで。
さらにその手で目を擦って無言で悶絶してるのを見て、
とてもじゃないけどいても立ってもいられなくなった。
「…貸してください。センパイ」
「でもなぁ、今日は」
「それと。一度手をきれいに洗って、その手で顔を洗ってくるといいですよ」
有無を言わさずまな板の上の包丁を手に取り、茶碗のいとじりに刃を滑らせた。
切れ味の確認ついでに、ニンジンの皮をこそげてみる。うん、大丈夫。
リズミカルに包丁を動かす私を、ほう、と感心したように眺める彼。
顔を洗ってきたせいで、少し髪の毛が額に落ちて濡れてる。
「…なんか、すまねえな。逆に」
「いいんです。なんとなくこうなる気はしてたんで…と。センパイ?肉は」
「ああ、これだ」
冷蔵庫に入っていたパックを彼が差し出す。値段を見て、驚いた。
「え、センパイ!いいんですか!?こんなすごい肉!」
「あ?カレー用でウマいのをくれって言ったらそれが出てきたんだが」
違ったか?と、首を傾げて尋ねられる。
…今度、一緒に買い物に行こう。
その光景を思い浮かべ、こそばゆさに私の頬は少し熱くなった。
《1月22日 カレーの日》
9:
「御剣と結婚できたらいいのになぁ」
私たちが同じ身体を持つが故の悲壮感など微塵もなく、
ただ純粋に、まるで子供が将来の夢を話すように、隣の男は瞳を輝かせる。
私もそれがありえない夢物語だとわかっていて
二人並んで空想に浸ることを選んだ。
「ぼく一人っ子だけど、新婚生活はやっぱりふたりがいいから
実家には住まずにマンションとか借りてさ」
「そんなもの、今の私のマンションでよかろう」
「それじゃあぼくの立場がないよ、だって御剣がお嫁さんなんだもん」
「ム…そうか」
「で、ふたりで一緒に起きて、朝ごはん食べて、行って来ますのチューしてでかける」
「…それは絶対、か?」
「トーゼン。だって新婚だよ?」
「それは理由にはなっていない」
「でも御剣、なんか嬉しそう」
「む…むゥ…悪くはない、な…」
「よかった…でさ。昼はお互いいろいろあるから外食だけど、
夜は早く帰ってきたほうがごはん作って、やっぱり一緒に食べてさ」
「きみのレパートリーは少なそうだな」
「そうでもないよ、御剣には勝てると思う」
「ほう…それは是非ご馳走になりたいものだ」
「そう?だったら、今度……」
こうして、いつしか会話は現実のものとなって。
私たちは夢物語から目を覚ます。
永遠に目を覚まさないでいたいなどとは思わない。
なぜなら私たちの今は、これ以上ないほどに満ち足りているから。
《1月27日 求婚の日》
10:
事務所に到着して私が一番にすることは、事務所の窓を開けること。
そしてコーヒーを落としながら、事務所の電話の受話器を上げて短縮ダイヤルを押す。
『…もしもし、お姉ちゃん?』
「おはよう、真宵。今日も元気?」
『元気げんきーっ』
には、と笑う妹の顔が目に浮かんで、私も口元が緩む。
午前8時30分。
この時間の電話が、私たちのあいだでいつの間にか習慣になっていた。
私は仕事前のひと時。妹は登校中に。
「今日もそっちは寒い?」
『ん。でもちょっとマシかな。霜もそんなにびっしりって感じじゃないしさ』
「そう?」
ふわりと漂うコーヒーの香りと朝の光の中で私が過ごすこの時間は
一日の中で一番大切で、そして一番神聖なものだった。
独立もしているいい年した女が妹への電話を毎日欠かせない、だなんて人に知れたら笑いものかもしれない。
すこし私の事情を知る人なら、孤独な妹を気遣う優しい姉だと思ってくれるかもしれない。
それも確かに嘘じゃないけれど、真実でもない。
…ひとは、簡単に壊れてしまうから。
私はそれを知っているから。
だから私は、毎日でも真宵が元気でいることを確認せずにはいられないのだ。
他愛ない話を少ししてから、じゃあまた明日ねと電話を切る。
落ちきったコーヒーを真っ白なマグカップにたっぷり注いで、それを窓際に置いて。
朝日に煙る湯気を眺めながら、私の一日はようやく始まりを告げる。
《1月30日 三分間電話の日》