拍手お礼SS(記念日編・1月)

 

一月

1:

 今年はミカンが少し高い。
 冬はコタツにミカンがお約束なんだけどなぁ。
 実家からやたらと送られてきたりんごがひとつ、コタツの上に転がってる。
 他にはテレビ誌と、リモコン。昨夜食べてそのまま放置されてる天ぷらそばのカップ。

 テレビもつけっぱなしで、この時期にしか見ないような大御所の芸人がマイクを前に漫才を繰り広げてる。
 大袈裟な笑い声に少し食傷してチャンネルを切り替えるけど、どこも似たり寄ったり。

 あーあ。
 御剣が正月早々出勤するだなんて言い出さなけりゃ、
 こんな寂しい正月にはならなかったのになぁ。

《1月1日 元旦》

 

 

2:

 ちん、と電話を切ると、なるほどくんがあたしのほうを向き直る。
 そして、少しほつれてる財布を投げてきた。
「真宵ちゃん、おつかい行ってきて」
「えーやだ。さむいから」
 ほっぺをふくらしてそっぽをむいてやった。
 視界に入る窓の外では、木枯らしがびゅんびゅん吹いてる。
 よく見たら、小雨だってぱらついてるみたいだ。
 女の子をこんな天気の中歩き回らせようだなんて、紳士じゃないなぁ。

「…行き先聞いたら行きたくなると思うんだけどなぁ」
「いかなーい」
「ウソだね」
 イヤに自信満々の声で、なるほどくんは駅前の人気洋菓子店の名前を口にした。

「3時にお客さんが来るから。全部で5つ。
モンブランとチーズケーキはひとつずつ、絶対入れてね。
あとは好きなの選んできていいよ。でも、余分は買ってこないように。
あとでレシート見せてもらうから」

 思わず振り返る。なるほどくんがにやにや笑ってこっちを見てた。
 …うん。担がれたわけじゃないみたい。
「いってきます!」
 大声で宣言して、傘を差すのも忘れてあたしは事務所を飛び出した。

《1月6日 ケーキの日》

 

 


3:

「やきゅうけん、とは、いかようなものなのですか?」
 寒いし鍋でもしようなんて集まって、和気藹々とコンロを囲んでいたそのとき。
 テレビから聞こえてきた音声を耳ざとく拾った春美ちゃんが、とんでもないことを質問してきた。

 瞬間、ぼくはシラタキをクチからぶっ飛ばし、
 御剣は変な所に酒が入ってしまったらしくげほごほやってる。
 真宵ちゃんは…何がおかしいのかけたけた笑ってる。あーあ。ダレだ、酒飲ませたの。
「簡単よー春美ちゃん。すぐできるから、なんなら一緒にやってみゲフゥ!」
 真っ赤な顔をした矢張が何か不穏当なコトをクチにしようとして、ぶっ倒れた。
 誰だか知らないけどありがとう。さもなくば、ぼくがやってた。なんというか、もっとこっぴどく。

「まったく、君はいたいけな子供に何をさせようというんだ!」
 …って、御剣が犯人か。
 なんか赤い顔して立ち上がって、矢張の首根っこをむんずとつかむ。

「今の発言は懲罰物だな…罰として、私と勝負してもらおうか!」
「んぎゃわわわあああッ!」

 …忘れてた。御剣は意外と酒癖が悪い。
 そして、じゃんけんだけはめっぽう強いのだ。

《1月8日 勝負事の日》

 

 

4:

「…ようし、これで大丈夫。練習は明日からにしましょうね」
 わたしの背よりも少しだけ短いスキー板が、目の前でぴかぴか光ってる。
 頭をなでてくれる母代わりのこのひとは、小柄でふくよかでよくわらう。

 おかあさんよりも、やさしい。
 わたしは、このあいだまでよりもしあわせかもしれない。

 そう思ってから、わたしはふるふると首を振った。

「んん…どうしたの?」

 …姉さま。ねえさま。
 去年はいっしょに雪だるまを作った。
 その前は雪合戦をして、ふたりそろって風邪を引いた。
 そのまえはもっとちいさくて、たぶんまっしろな景色をただながめてた。
 まっしろで静かすぎて、こわくて泣いたかもしれない。
 ふたりで、いっしょに。

「…ねえさまといっしょがいいよう…」

 冬のコートもてぶくろも、いつもなんでもいっしょだった。なにをするのもいっしょだった。
 姉さまがいないのに、前よりしあわせなわけがない。

 目の前におかれたひと組だけのスキー板が、わたしはいまひとりなんだとつよくつよく思い知らせる。

 ぽろぽろと涙をこぼしつづけるわたしを、毘忌尼さまがぎゅっと抱きしめた。


《1月12日 スキーの日》

 

 

5:(※ナルミツ弱アダルト風味・反転でどうぞ)

 …何故、我々は2日と空けずにこのような夜を過ごしているのだろうか?

 そんな思考は、すぐに舌ごと絡め取られて溶けてゆく。
 唇を甘噛みされて、身体が跳ねる。跳ねた腰が押さえつけられる。
 かと思うと、何かを確かめるように辿られた。

 喉の奥で、必死に声を噛み殺す。
 痙攣でもしているかのように、びくびくと揺れて止まらない。

 止まらないのは、身体の奥で生まれる熱のせい。

 指先が私を辿り、短いスパンで吐き出される熱い息が私を包み込む。
 私は背中に縋り、少し汗ばんだ肌を爪先で掻く。

 熱が生まれるのは、冬の寒さのせい。


 渇いた口を潤したくて、唇を強請った。


《1月15日 アダルトの日》

 

 

6:(※ナルミツ弱アダルト風味・反転でどうぞ)

 ウチの冷蔵庫には、ビールが常備されている。
 この間矢張んちに行ったけど、あいつもそうだった。
 それで、風呂上りにグッと一杯、みたいな習慣は、結構みんな一緒なんだなぁなんて思ったりした。

 だけど、予想通りというかなんと言うか、御剣は違ったわけで。

「そのようなモノは常備していない。というか成歩堂、早く服を着たまえ」
「……」
 どうせすぐ脱ぐんだからいいじゃんか、と思ったけれど、
 それを口に出したらきっと、怒りで取り付く島もなくなってお預けコースまっしぐらだ。
 せっかくのふたりの夜を台無しにしたくないぼくは、スウェットを被りながら違う言葉で会話をつないだ。
「じゃ、なんでもいいや、お酒ある?毎日晩酌してると、なんか飲まなきゃいけない気になるんだよね」
「あるにはあるが…今日は我慢してもらえないか」
 …わっかんないなぁ。あるならくれればいいのに。

 じゃあしょうがないからかわりに御剣をいただきます。
 そんなぼくのことばは御剣にうまく届いたようで、御剣の赤くなった頬がぼくの首筋に寄せられた。

 

 どくどくと脈打ち続ける己はそのままに、御剣の上に倒れこむ。
 …と、御剣の苦しそうな呼吸が一瞬止まって、けほけほと咳き込んだ。

「どうしたの?」
「…少し…、重かった」
 咳き込みながらもなんだか悪戯めいた表情を浮かべる御剣を前に、ぼくは固まった。

「…もしかして、さっきぼくにお酒出してくれなかったのって…」
「晩酌がそのような弛んだ体を作るのだ。暫く酒はやめたまえ」

 ビンゴ。
 ぼくのちょっとした変化に、御剣は気づいていたみたいだ。
 ぼくだって弛んだオッサンになるのはいやだから、わかったよって苦笑いしながら、御剣の上から体をどかした。

《1月16日 禁酒の日》

 

 

7:

 ジブンは不幸の連続の中で生きて来たっス。
 ムカシ、そんなジブンでも玉の輿に乗れれば
 少しはマシな人生が送れるかもしれないと思ったことがあるっス。

 ジブンには特別とりえなんてないっスが、それでも少女マンガみたいな出会いをユメ見たワケっスよ。
 いつかカッコイイ王子様がやってきて、アタシの手を取って
 アタシの不幸にまみれた人生をすっかりバラ色にしてくれる、って。

 でもそれは夢物語で、ジブンがシッカリしないことには
 幸せなんてつかめっこないことに、オトナになってようやく気づいたっス。
 …まあ、シッカリしたところで、ホントに幸せがくるかどうかなんてわかりっこないっスけど。
 それでも。今のアタシの人生は、決して悪くないんス。
 …ホントっスよ?

 お世辞にもカッコイイとはいえなくても、ジブンのために
 必死になってくれる人がいるって、わかったっス。
 ありのままのアタシを想ってくれる人がいるって、知ったっス。


 まだまだジブンには努力が必要で、『不幸なヒト』になるのにも
 ちょっと道のりは遠そうだけれど、それでもいいっス。

 トータルで見たらまだまだ不幸かもしれないけれど、
 アタシは今、ちゃんと幸せなキモチを感じることが出来るっスから。

《1月20日 玉の輿の日》

 

 

8:

 今日は手料理をゴチソウしてやるぜ。
 そんな言葉に喜んだのは、彼が台所に立ったその瞬間まで。

 見る間にジャガイモが皮に身を取られて小さくなっていく。
 ニンジンが、皮ごとぶつ切りにされてる。
 おまけに、押しつぶすようにタマネギを切るものだから、どんどん目が潤んで。
 さらにその手で目を擦って無言で悶絶してるのを見て、
 とてもじゃないけどいても立ってもいられなくなった。

「…貸してください。センパイ」
「でもなぁ、今日は」
「それと。一度手をきれいに洗って、その手で顔を洗ってくるといいですよ」

 有無を言わさずまな板の上の包丁を手に取り、茶碗のいとじりに刃を滑らせた。
 切れ味の確認ついでに、ニンジンの皮をこそげてみる。うん、大丈夫。

 リズミカルに包丁を動かす私を、ほう、と感心したように眺める彼。
 顔を洗ってきたせいで、少し髪の毛が額に落ちて濡れてる。
「…なんか、すまねえな。逆に」
「いいんです。なんとなくこうなる気はしてたんで…と。センパイ?肉は」
「ああ、これだ」
 冷蔵庫に入っていたパックを彼が差し出す。値段を見て、驚いた。

「え、センパイ!いいんですか!?こんなすごい肉!」
「あ?カレー用でウマいのをくれって言ったらそれが出てきたんだが」
 違ったか?と、首を傾げて尋ねられる。

 …今度、一緒に買い物に行こう。
 その光景を思い浮かべ、こそばゆさに私の頬は少し熱くなった。

《1月22日 カレーの日》

 

 


9:

「御剣と結婚できたらいいのになぁ」

 私たちが同じ身体を持つが故の悲壮感など微塵もなく、
 ただ純粋に、まるで子供が将来の夢を話すように、隣の男は瞳を輝かせる。

 私もそれがありえない夢物語だとわかっていて
 二人並んで空想に浸ることを選んだ。

「ぼく一人っ子だけど、新婚生活はやっぱりふたりがいいから
 実家には住まずにマンションとか借りてさ」
「そんなもの、今の私のマンションでよかろう」
「それじゃあぼくの立場がないよ、だって御剣がお嫁さんなんだもん」
「ム…そうか」
「で、ふたりで一緒に起きて、朝ごはん食べて、行って来ますのチューしてでかける」
「…それは絶対、か?」
「トーゼン。だって新婚だよ?」
「それは理由にはなっていない」
「でも御剣、なんか嬉しそう」
「む…むゥ…悪くはない、な…」
「よかった…でさ。昼はお互いいろいろあるから外食だけど、
 夜は早く帰ってきたほうがごはん作って、やっぱり一緒に食べてさ」
「きみのレパートリーは少なそうだな」
「そうでもないよ、御剣には勝てると思う」
「ほう…それは是非ご馳走になりたいものだ」
「そう?だったら、今度……」

 こうして、いつしか会話は現実のものとなって。
 私たちは夢物語から目を覚ます。

 永遠に目を覚まさないでいたいなどとは思わない。
 なぜなら私たちの今は、これ以上ないほどに満ち足りているから。


《1月27日 求婚の日》

 

 

 

10:

 事務所に到着して私が一番にすることは、事務所の窓を開けること。
 そしてコーヒーを落としながら、事務所の電話の受話器を上げて短縮ダイヤルを押す。

『…もしもし、お姉ちゃん?』
「おはよう、真宵。今日も元気?」
『元気げんきーっ』

 には、と笑う妹の顔が目に浮かんで、私も口元が緩む。
 午前8時30分。
 この時間の電話が、私たちのあいだでいつの間にか習慣になっていた。
 私は仕事前のひと時。妹は登校中に。

「今日もそっちは寒い?」
『ん。でもちょっとマシかな。霜もそんなにびっしりって感じじゃないしさ』
「そう?」
 ふわりと漂うコーヒーの香りと朝の光の中で私が過ごすこの時間は
 一日の中で一番大切で、そして一番神聖なものだった。
 独立もしているいい年した女が妹への電話を毎日欠かせない、だなんて人に知れたら笑いものかもしれない。
 すこし私の事情を知る人なら、孤独な妹を気遣う優しい姉だと思ってくれるかもしれない。

 それも確かに嘘じゃないけれど、真実でもない。


 …ひとは、簡単に壊れてしまうから。
 私はそれを知っているから。
 だから私は、毎日でも真宵が元気でいることを確認せずにはいられないのだ。


 他愛ない話を少ししてから、じゃあまた明日ねと電話を切る。
 落ちきったコーヒーを真っ白なマグカップにたっぷり注いで、それを窓際に置いて。

 朝日に煙る湯気を眺めながら、私の一日はようやく始まりを告げる。

《1月30日 三分間電話の日》



 

(1~5…2007.1.6~1.15)
(6~10…
2007.1.16~1.31)

なんだか書くごとに長くなっていく…12月なんてどうなるやら。
このシリーズは一ヶ月一括でアップします。前半を見逃した場合は翌月こうしてログをあげるまで見れなくなる感じですね。

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