拍手お礼SS(記念日編・7月)

 

1:

 激しい雨と宵闇の中。どこかで、遠雷が響いていた。

「梅雨の晴れ間なんて、信用しなきゃよかったなぁ」
「同感だ」
 天気予報は曇り時々雨。それでも夕方にはキレイな夕焼けが見られるくらいに晴れてくれちゃって、
 おかげで仕事が終わるころには傘を持ち歩くなんてことは考えもしなかった。それが運の尽き。
「でも、雷が鳴るってことは…梅雨明けも近いかもね」
「そうだな」
 マンションのエントランスに駆け込んで上着に染み込んだ雨水を絞るけれど、
 こんなのは気休めにもならない。靴の中にまで入り込んだ水が不快だった。
「……ム……」
 全身からぼたぼたと水を滴らせながら、御剣が唸る。
「これではキリがないな。このまま入ってしまってもよいものだろうか」
「今日は皆似たようなものだろうから、多少は許されるんじゃないかな」
「そうだろうか」
「そうだよ」
 それに御剣の部屋に行くにはエレベーターに乗る必要もないから、
 ほかの住人にかける迷惑も最低限ですむはずだ。

 そしてようやくたどり着いた部屋の玄関に、ぼくらは立ち尽くした。
 そこかしこに水滴が落ちて、いつもキレイな玄関があっという間に雨水で染まっていく。
「このままあがるのは……やっぱダメ、だよね?」
「勿論だ」
「でもさ、ずっとここにいるわけにもいかないよ」
「そ、うだな……」
 心底困って俯いてしまった御剣の代わりに、ぼくは勢いよくジャケットを脱ぎ捨てた。
「な、成歩堂?」
「だって、このまま上がれないでしょ?だったら脱ぐしかないもん」
 言う間にもベルトを外してズボンを下ろし、靴下を放り投げてネクタイを解きシャツも脱いだ。
 あっという間に下着だけになったぼくを、御剣が怪訝そうに見つめてくる。
「それはそうだが、私は……」
「御剣はいいよ。ぼくがこのまま風呂場行って、タオル取ってきてあげる。それでいい?」
「あ、ああ……」
 なにせ勝手知ったる御剣の家だ。タオルを取ってなおかつ風呂を入れるくらいは朝メシ前。
 ぼくはタオルを2枚取り給湯スイッチをオンにすると、玄関に戻って御剣にタオルを手渡した。もう1枚はぼくの頭に乗っかっている。
「お風呂、入れてきたけど。いいかな」
「そうだな、身体も冷えたし有難い」
「そう言うと思ってた」
 タオル越しににっこり微笑みかけると、雨で冷え切っていたはずの御剣の白皙の頬に赤みがさした。

 どっちが先に入るかでひと悶着した挙句、「きみが客人なのだから先に入るべきだ」と
 頑として譲らなかった御剣にしぶしぶ折れたぼくがカラスと勝負できるくらいのスピードで風呂を出ると、
 脱衣所には新しいタオルといつかぼくが置きっ放しにしていたTシャツが置かれていた。
 御剣の気遣いを有難く思いながら、こんなサービスって新婚さんみたいだなあと口元がにやける。
 タオルを掴んで身体を拭う。と、視界の端が何かが転がり落ちるのをとらえた。
「なんだろ」
 身体をかがめて拾い上げると、まだ封の切られていない下着のようだった。
 たぶん、これを履け、ということなのだろう。
(……御剣のやつ)
 ますます新婚っぽい気がしてきて、口元のにやけがおさまらない。
 ありがたく頂戴します、と封を切って、ぼくは絶句した。

「……み、御剣ッ!」
「早かったな成歩堂、ちゃんと温まったのか……って、きみはなんて格好をしているのだ!」
 そうだね、ぼくもできればこんな格好はしたくなかった。
 タオルを腰に巻きつけただけだなんて、どこのくたびれたお父さんだ。
「だって、これ……」
 ぼくは手の中に握りこんだモノを広げた。
 3枚1000円の薄っぺらいトランクス御用達のぼくにはどうあったってなじまない、
 つるつるすべすべした生地で出来たワインレッドのビキニパンツ。
「こんなの履けないよ!」
「きみが普段身に着けているようなものが我が家にあるとでも?」
「……いや、ないと思うけど」
「だったら文句を言わずに履きたまえ。未開封のものはそれしかなかったのだ」
 それとも濡れた下着をまた履くか、と問われて、ぼくは首を振った。
 でもこれはちょっと。なんていうか、馴染みがなさ過ぎてどうしていいかわからない。
「……えっと……一応聞くけど、履かないでそのままって選択肢は?」
「ない」
「えッ」
「私は風呂に入るから、それまでには服を調えておくように」
 すたすたと風呂場に向かう御剣の後姿をぼんやりと見送った。
 手の中には、相変わらずのワインレッドの布きれ。
 ……うう、どうしてこうなるんだろうなぁ。

「……どうせ脱ぐんだから履かなくたって一緒なのに」
 御剣に聞かれたらただじゃ済まなさそうなコトを呟いて、ぼくは渋々ちっぽけな布きれに足を通した。

《7月5日 ビキニスタイルの日》


2:

 例年雨ばかりの今日も、今年ばかりは空も蒼く澄み渡り
 これならば遠い星に離れた恋人たちはなんの障害もなく逢瀬を楽しむことが出来るだろう。
 柄にもなく、そんな感傷に浸る。

 一年に一度だけ。それでも会えるのならば恵まれている。
 否、願えばいつでも会うことの出来る自分のほうが、あるいは恵まれているのかも知れない。

 でもそれは彼女であって彼女ではない。
 オレが憶えているよりも少しだけ大人びた表情も
 昔のようにからかうと尖る形のいい唇も膨らむ頬も、
 口元のほくろもすべて、現実のものではない。
 ある時は頭のてっぺんで愛らしく結われた薄い色の髪が、
 そしてまたある時は肩口にさらりと流れる黒髪が、それを象徴している。

 唯一変わらないのは、オレが愛した彼女の魂だけだ。

 願えば会えてしまうから、かつての絶望は日々薄らいでいくけれど
 それでも時間は戻らない。あの頃のオレたちに戻ることは出来ない。
 こんなのは終わりにするほうが、ずっとずっと自然だ。
 そんなことはわかっていて、それでもオレは甘えている。

 目覚めたあの日からずっと、オレは彼女の死を真正面から受け止めることが出来ないでいた。
 他人に責任を押し付け、逆恨みをして。
 そうしないと自分が保てなかったオレは、途方もなく弱い。
 そして今も彼女が仮初の姿を見せるから、現実から逃げ続けてしまう。

 彼女はオレがいなくても立派に生き、そして死んだ。
 ならば、オレもきっとそうしなければいけない。
 そうでなければ、彼女に笑われてしまうだろう。

 死を認めたからといって、オレの気持ちも彼女の気持ちも死ぬ訳じゃない。
 想い合えていた頃のやさしい記憶だけ、宝物のようにそっと仕舞っておけばいい。

 同じところに行けるかどうかはわからない。きっと行けないだろうな、とも思う。


 それでもいずれ、胸を張って逝けるように。

 


 場所は教えられていたから、来ようと思えばいつでも来られた。
(遅くなっちまったな)
 すまない、と心の中で呟いて、
 黒灰色の墓石の前に白百合を手向け、よく見えない目をそっと閉じて手を合わせた。

 踵を返すと、綾里真宵が所在なさそうに立っていた。
「どうした?」
 彼女はもじもじと指先を突きあわせ、何度か唇を動かすと
 それから意を決したようにオレをまっすぐに見据えた。
「あの……ほんとうに、もう呼ばなくていいんですか。お姉ちゃんのこと」
「いいんだ。もう。時々ここには参らせてもらうがな」
「でも、だって……」
 彼女が言いたいであろう事はわかる。それでも、もう決めたことだ。覆そうとは思わない。
「本当にいいのさ。ああ、あのちまいお嬢ちゃんにも伝えておいてくれ」
 それだけ言うと、立ち尽くしたままの彼女の横を通り過ぎた。
 初夏の風が、長い黒髪を揺らす。

 ありがとう。

 千尋の声が、聞こえた気がした。

《7月7日 七夕》


3:


※4ネタ注意※

 

 

 

 


 ゆうべいっぱいてるてる坊主を作ったおかげかな?
 昨日まで降ってた雨もすっかりやんで、おろしたての靴で飛び跳ねる。
「デート日和だね!パパ!」
「そうだね」
 右手をぎゅっとつないで笑うと、隣のパパもにっこりしてくれる。
「みぬき、遊園地久しぶり!」
 パパはビンボーだから、こんなふうにデートできる日が来るなんて思ってなかった。
 でもお客さんにタダ券をもらったのはみぬきだから、
 今日のスポンサーはみぬきなワケだけど……でもいいんだ、パパとデートできるのはうれしいから。
 右にはメリーゴーランド、左に観覧車。たくさんのアトラクション。
 たのしくってつないだ手をぶんぶんと振ると、パパがよろけそうになって踏みとどまった。
「もー、パパ、しっかりしてよ!」
「ごめんごめん」
 にへ、と笑うパパはちょっとカンロクないけど、やさしい顔してるから大好き。
「……で、みぬきは何に乗りたい?」
「んーとね、あれ!」
 みぬきの指が指し示す先を見て、パパがう、と息を詰まらせた。
「パパ、どうしたの?」
「え、ええと……みぬき、ほかに乗りたいのはないの?」
 パパの顔が心なしミドリ色になってる。みぬき、何かおかしなこと言ったかなあ。
「えー、遊園地に来たら一番にジェットコースターだよ!ジョーシキだよ?」
「そんな常識あったんだ……」
「……パパ、目が死んでるよ」
 見上げた顔はさっきよりもずっと濃いミドリ色で、さらに冷や汗まで出てきてる。
「そんなことは……ないけど……」
「じゃ、行こ!」
「ちょ、ちょっと!みぬき!?」
 パパ、なんかツラそーだけど、ちょっとだったらジェットコースターに乗ったらぶっ飛んじゃうに決まってるもん。


 階段の下に置かれた身長計をうらめしげに見上げるみぬきの頭を、パパがぽんぽんとたたいた。
「仕方ないよ、みぬき。あきらめな」
「……うー……」
 何度立ってみても、頭の上にはみぬきのにぎりこぶし一個分くらいのスキマがある。
 これを越えることが出来なければ、このジェットコースターには乗りようがない。
「乗りたかったのに……」
「みぬきがもう少しおっきくなったらまた来ようよ」
 パパがしゃがんでみぬきの顔をのぞきこんでくる。あ、そういえばもうミドリ色じゃないなあ。
 ……あ。
 もしかして、パパ、ジェットコースターが嫌いなのかな?
 仕方ないから、パパのためにここは折れてあげよう。
「いいけどさ……でもパパ、そのときにみぬきとパパの分のおカネ払える?」
「……努力するよ」
 困ったように笑ったパパの手を引いて、みぬきはジェットコースターに背を向けた。

「ね、パパ、行こう!」
「どこ行くんだよ!?」

「えっとね、かんらんしゃー!」

 笑顔で振り返ると、ぴしっと音が立ちそうにこーちょくしたパパと目が合った。
 またカオがミドリ色になってる。
 あれ……もしかしてパパ、観覧車もニガテ?

 でも今度は折れてあげないからね、パパ

《7月9日 ジェットコースターの日》


4:

「おやっさん、こんばんは!」
「おうこんばんは!いつものでいいかい?」
「はい!なるほどくんもいいよね?」
「……あ、うん」
 おやっさんのにやっとした笑顔に迎えられて、
 ぼくたちは店の前におかれたちっちゃな丸いすに腰掛けた。
 満足そうにそれを見守って、おやっさんは鼻歌を歌いながら麺をゆではじめる。
 もうここに通うようになって3年、おやっさんの腕はぜんぜん落ちていないけれど
 それでも目元のシワは日々深まり、顔のシミも色が濃くなってきてる。
 まだ足腰は大丈夫みたいだけど、それでも営業中ずっと立ち続けるのは辛いんだろう、
 昔はなかったはずの小さないすが屋台の中に据えつけられていた。

 たかが3年、されど3年。年月はすべての人に平等に与えられている。
 3年あれば、生まれたばかりの人間も自由に歩き回り
 たどたどしいながらも言葉を操るようになる。それは、すごい進化だ。
 そして僭越ながらぼくも一応、3年でそれなりに成長できたと思ってる。
 千尋さんの言葉は伊達じゃなかったんだな、と実感する日々だ。
 ちらりと隣の真宵ちゃんを見る。彼女はもうすぐハタチになろうというのに
 初めて会ったときとほとんど変わらないのはなんでだ?
 そう思ってから、じゃあ、ぼくの17歳から19歳ってどうだった?ということにまで考えが飛ぶ。
 うーん、改めて考えたらそんなに変わらなかったかも。
 ぼくが劇的に変わったのはたぶん、21歳のあの日からだ。

 話を戻そう。
 年月はすべての人に平等に与えられている。
 ぼくや真宵ちゃんはまだ若い。でも目の前のおやっさんはもう老境にさしかかり、
 おそらく近いうちにこの店は代替わりを強いられることになるんだろう。
 ぼくらの3年は進化でも、年を経た人間の3年は進化というより老化でしかない。
 それは寂しいことだけれど、どうしようもないことなんだ。
 いずれぼくらも年をとり、次の世代に自分の立ち位置を譲る日が来る。

 そんなとりとめもないことを考えているうちに、目の前にごとんとどんぶりが置かれた。
「はい、みそラーメンお待ち」
「いっただっきまーす!」
「いただきます」
 いそいそと箸を手にとって、真宵ちゃんがぱちんと手を合わせる。ぼくもそれに倣った。
 いつものみそラーメンをずずっと啜って、ぼくは微妙な違和感を感じた。
 と言っても、味が落ちてるわけじゃない。むしろ進化している。
 口の中をおひやで流して、麺だけを啜った。注意深く食べたけれど、今までと変わらない。
 今度はスープだけを口に含んで転がす…うん。違う。明らかに。
「スープ、今までとちょっと違いますね」
「え!?」
「お、わかったか」
 びっくりしたようにこっちに顔を向けてる真宵ちゃんと、したり顔でうなづくおやっさん。
「どうだい、ベンゴシの兄ちゃん」
「美味しいですよ、なんかこう、コクが増した気が…何か材料、変えたんですか?」
「いや、ただ足しただけさ…すり鉢ですった納豆をな。ちょいと」
「な、なっとう!?」
 真宵ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。いいけどさ、口の端にねぎのカケラついてるよ。
「味噌も納豆も大豆を発酵させて作るだろう、ネギが欠かせねぇのも一緒だ。だったら合わせてみたらどうだろうと思った訳さ。それが大正解でな」
「へえ…でも、今になってどうして?」
 ここのみそラーメンの味は既に確立されていたはずで、老境に差し掛かった今になってあえて手を加える必要なんてなかっただろうに。
「いやいや、思い立った日が吉日さね。手を加えて劣化するならやらねぇが、
 味を進化させるための労力なら、70になろうが80になろうが惜しみゃしねぇよ。
 最良のものを次代に伝えるのが、先駆者としての使命だ」
「…おやっさん、かっこいいですね」
 素直な感想がぽろりと転び出てきた。
 少し照れくさそうに笑ったおやっさんが、サービスだ、とぼくのどんぶりの横にグラスを置いてビールを注いでくれた。

 いつか立ち位置を譲る日が来るまでに、精一杯できることをする。
 今に甘んずることなかれ。慢心する事なかれ。
 それがきっと、人生を最後まで謳歌する秘訣なんだろう。

 ……まさか、それを納豆ラーメンに教わることになるとは思わなかったけれど。

《7月10日 納豆の日》
あれ、やたぶきやって伝来の味を守り続けてる派だっけ……?


5:


※1〜3キャラの4ネタ(捏造)注意※

 

 

 

 


「久しぶりね……半年ぶり、くらいかしら」
「そうだね、もうちょっとで半年」
 汗をかいたアイスティーのグラスを手にとって、ストローからちゅうと飲んだ。
 アールグレイのアイスティーは、紅茶の渋みが苦手だった真宵にかつて千尋が勧めたものだ。
 同じものを優雅に口にした冥が、口元をほころばせた。
「なかなかね」
「うん。ここね、お姉ちゃんのお勧めなんだ」
 自慢げに胸をそらす真宵に、冥はにっこりと微笑みかけた。
 傍からみたら、とても同い年の少女には見えないだろう。
 成人を迎えたばかりとは思えない大人びた所作の冥を前にして、真宵は少しだけ萎縮する。
(あたしはなんも変わらないしなあ)
 くるくるとストローをかき回すと、「行儀が悪いわよ」とたしなめられる。
 まるで姉といるような錯覚を覚えてぺろっと舌を出すと、それもまた咎められた。

「……えっと、珍しいね。狩魔検事があたしに用なんて」
 話を本筋に戻そうと真宵が口火を切ると、冥の表情が固いものに変化した。
「今日は依頼に来たの。倉院流家元の綾里真宵にね」
「依頼……霊媒の?」
「そうよ」
 成歩堂の話が出るだろうと思っていた真宵は面食らう。ストローを口元から離して、顔を上げた。
「誰を?」
「呼んでほしいのは、或真敷天斎」
「……え……」
 知らない名前ではなかった。ほんの数ヶ月前、何度も紙面で見た名前だから。
「そ、れって……検事局の依頼、っていうこと……?」
「いいえ」
 冥は細い指先でストローをくるくるともてあそんで、少しだけ話し辛そうに顔を伏せた。
「私個人の依頼よ。検事局には話も通していない。報酬なら言い値以上の額で用意するわ」
 だから、と呟く冥の肩が震えたのは、気のせいではないだろう。真宵は息を飲んだ。
「……聞くのよ。或真敷天斎本人に。誰に殺されたのか。最後の最後に、何を書き留めたのか。
 証言書を取って、それから……」
「狩魔検事」
 冥の震える声を止め、真宵は硬く静かな声で言葉を紡いだ。
「……あたしも、考えてたの。それ……でも最終手段にしようって……思ってた。怖かった」
 真宵の脳裏に、幼い頃の思い出が蘇る。
 かつて迷宮入りを目された事件で、霊媒を請われた母にどんな運命が待ち受けていたか。
 それを思えば、事件の被害者を呼び出すという行為は真宵にとって簡単なものではなかった。
「そう……よね。ごめんなさい、無理を言って。なかったことにしましょう」
 事情を察した冥が頭を下げる。しかし、真宵は首を振った。
「でもね……いいよ。狩魔検事。あたし、やる」
「けれど……」
「だって、狩魔検事個人の依頼なんでしょ?」
「……それは、そうだけれど」
「だったらいいよ。だって」
 真宵はそこで言葉を切って、冥の瞳をまっすぐに見据えた。
「なるほどくんのこと信じてるから、助けたいから。本当のことを知りたいんでしょう?」
 百戦錬磨の冥ですら気圧されるほどの真摯な瞳が、そこにはあった。
「勿論よ」
「うん。そうだと思ってた。あたしもそうだもん。だからね、いいよ。やる」
 にこ、と微笑む真宵は、もういつもの顔をしている。
 彼女の強さはこういうところなのかもしれない。冥は、ぼんやりとそう思った。
「……で、これ、私的な依頼なんだよね?」
「そうよ」
「だったらひとつだけ約束して。結果がどうであれ、他言しないって」
「……それは、レイジにも?」
 少し俯いた冥を見て、あっと真宵が声を上げる。それから、ゆっくり首を振った。
「ううん、みつるぎ検事ならいいよ、言っても」
 彼もまた、成歩堂の件を気にしてくれている。
 様子を探る電話が、何度か真宵の元にかかってきていた。
「ありがとう。感謝するわ」
 安堵したように微笑む冥は、話の前に真宵が感じたよりもずっと幼く、年相応に見えた。

「……それにしても」
 すっかり氷の溶けたアイスティーを啜りながら、冥がぼやく。
「完璧がモットーの狩魔が霊媒に頼るだなんて、パパが聞いたら泣くわね」
 オカルトなどは完璧な証拠足り得ないと、あの父ならばそう言うだろう。
 冗談っぽく微笑んだ冥に、真宵は目を丸くした。
「え、泣くの!?」
 あの狩魔豪が、泣く。
 想像してしまって思わず吹き出すと、目の前の冥が少しだけ眉を寄せた。

《7月13日 オカルトの日》


6:

※4ネタ注意※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


“虹のふもとには、宝物が埋まっている”
――そんなことを昔、誰かから聞かされたような気がする。

 朝だというのに蒸し暑く、それでいていつ雨が降るかわからないような微妙な天気の下で、
 オレはぼんやりと事務所までの道を歩く。
 今日はカサを置いてきちゃったから、出来れば到着するまで雨は降ってほしくないなと
 お天道様に念じていたのに、運悪く小雨がぽつぽつと降り出した。
「うわ」
 ひどくなると厄介だな、と辺りを見回すと右手にコンビニが見える。
 カサでも買うかと駆け寄ると、ドアの向こうから見慣れた姿が飛び出してきた。
「……あれ、みぬきちゃん」
「あれ、オドロキさん。おはようございます!」
「どうしたの、こんな朝から」
「パパに頼まれて、これ」
 制服姿のみぬきちゃんが掲げたコンビニ袋の中には、調理パンと缶コーヒーが入っている。
「朝ごはん?」
「うーん、パパからしたら夕ごはんかも」
「そっか」
 一応夜の仕事の持ち主である成歩堂さんにとっては、
 この時間の食事をなんと呼べばいいのか微妙なところかもしれない。
「あ。オドロキさん、今から事務所行きますよね。
 みぬきこれからガッコーなんで、もしよかったらパパに届けてもらえませんか?」
 オレの目の前に袋を差し出して、みぬきちゃんはにっこり笑う。
「お願いします!」
 この子の押しの強さと笑顔には、いつも逆らえない。
 しかたないなぁ、と苦笑して袋を受け取ると、みぬきちゃんが、あ、と口元に手を当てた。
「ごめんなさい、みぬきがここにいたらオドロキさんが入れませんよね」
 何か買うんでしょう、と首を傾げられる。
「あ。オレは、カサを……」
「え。でも、雨なんて降ってませんよ?」
「え」
 言われて振り返ると、確かに路面は濡れているものの雨は降っていないし、
 空には薄日が射そうとしている。
「きっと、にわか雨だったんですね」
 いつの間にか隣に立っていたみぬきちゃんが、後ろ手に腕を組んでぼくに笑いかけてきた。
 ……と思ったら、突然駆け出した。

「み、みぬきちゃん!?」
「オドロキさん!にじ!虹ですよ!」
 振り返って、手を大きく広げて、天を指差し歓声をあげる。
 はしゃぐ彼女につられて上を見ると、見事なアーチを描いて虹が姿を現していた。
「うわあ……!」
 こんなに見事な虹を見たのは、久しぶりだ。
 それこそ、子供の頃以来かも知れない。
 もしかしたら、虹のふもとには宝物がある、って教えてくれたのは、
 そのときオレの近くにいた誰かだったのかもしれない。

「今日はいいことありそうですね、オドロキさん!」
 みぬきちゃんのきらきら笑顔が、まっすぐにオレをみつめた。

 そう、宝物だ。
 この子の笑顔が大切だと、心から思う。
 それはたぶん恋じゃなくて、でもなによりも大切なんだと思える、そんな不思議な想い。

「……なにニヤニヤしてるんですか?オドロキさん」
「なんでもないよ。じゃあね、また」
 不思議そうに首を傾げるみぬきちゃんの横をすり抜けて、事務所への道を再び歩き出した。
 振り返って軽く手を振ると、彼女も手を振って、真逆の方向へ駆け出していく。
 制服のプリーツスカートのすそが、ひらりと翻る。

 虹のふもとの宝物がきみだった、だなんて。
 どこかのロックミュージシャンじゃあるまいし、そんなキザなこと言えない。

 お互い虹のふもとを目指しながら、彼女の言うように今日一日がいい日であるようにと、
 預かったコンビニ袋を揺らしながら、オレは、そう願った。

《7月16日 虹の日》

 

7:

 忙しい中、顔を見せに事務所に寄ってくれるのはうれしい。
 そりゃそうだよ、それだけぼくに会いたかったってことなんだし。
 めったに気持ちを言葉にしてくれないおまえの、不器用な愛情表現なんだなって、
 そう思うとほんとにうれしいんだよ。

 でもさ。
 それで無理しちゃうっていうんなら、そんなのはいらないんだ。

「……大丈夫?」
 ジャケットとベストを脱がせ、スラックスのベルトを外す。
 コトに及ぶわけでもないのに服を乱すって言うのは、なんだか不思議な気分だ。
 願わくば、こんな風に服を脱がせるのはソノ時だけであってほしい。
 介抱するためなんて、たいしたことはないってわかっててもイヤだ。
 汗みずくのシャツの胸元をくつろげると、御剣が苦しそうに息を吐いた。
「だい、じょうぶ……だ」
「こら」
 こつんと、軽く額を小突いてやる。
 そうやって言うだろうなあと思ってぼくも問いかけたけれど、
 こうも予想通りの返事が返ってくると、なんだかなぁ。
 あからさまに態度に出すと気にするだろうから、心の中だけでそっとため息を付く。
「ぜんぜん大丈夫って顔色じゃないよ」
「……ム……」
 不機嫌そうに、というか、たぶん恥ずかしいんだろうね。
 暑気にあたってもともと赤かった頬に、さらに赤みが増した。

 あんまり効かない事務所のクーラーを最低温度に設定して、
 さらに扇風機も最強で稼動させて、それでも御剣の頬の赤みは完全には引かない。
 意識があるから大丈夫だろうけど、熱中症ってヤツは意外に怖い。
 濡れタオルで、額に滲む汗を拭いてやる。表情が少しだけ凪ぐのを確認して、安心した。
 頬や首周りにそっと手を当てると、まだ少し熱い。
 でもここに来てすぐは顔も真っ赤で、触ると驚くほどに熱かったから、確実に回復してる。
 あとは冷蔵庫の麦茶かポカリでも飲ませて、小一時間も休憩させてやれば大丈夫だろう。

 いつの間にか、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。
 ぴったりと閉じられたまぶたの下に、うっすらクマが浮いている。
 ずっと喉の奥に止めて我慢していた大きなため息を、ぼくはふうっとゆっくり吐き出した。

 馬鹿だな、こうして無理して会いに来るよりも、
 会えなくても元気でいてくれたほうがずっといいよ。

 御剣の汗みずくのシャツの下で、やっぱり汗に濡れたTシャツがぺったりと身体に貼り付いている。
 このまま着せてたら、間違いなく風邪引いちゃうな。
 ……って、客観的に見たらこれ、ものすごく扇情的な光景なんだろうけど、
 いかんせん心配が先立ってそれどころじゃない。

 時計を見ると、すでに夕方。
 もう1時間もすれば、そのまま帰ったって差し支えない時間だ。

 それまでゆっくり寝かせてあげようか、
 それとも今のうちに起こして着替えさせようか。

 どっちも選べないまま、ぼくはただじっと静かに御剣の寝顔を見守っていた。

《7月20日 Tシャツの日》

8:

 厄介な後輩が一人、出来た。

 しっかり者なのに甘えたがり。でも自分が甘えたがっていることに気づけていない。
 さらに、気が強い。こっちが手を出そうとしても退けられる。
 これは果たして、持ち前の性格なんだろうか?

「大丈夫です、わかりました!できます!」
 資料整理の手順をざっと一通り説明して、こういうときのお決まりの台詞
「わからなかったらまた聞いてくれ」を繰り出したとたん、顔をこわばらせてこのありさま。
 おいおいフレッシュなこった、と肩をすくめたら、彼女の口元がへの字に歪んだ。
 早く行けと言わんばかりにオレをにらみつけてくる表情が
 なぜかかわいく見えたりもして、ああ、ヒヨコだなあ、と考えつい口元が緩む。
 自分のデスクに戻って、一生懸命なその後姿をちらちらと観察した。

 ここに来る前から、こんな調子だったのかね。
 アレじゃ人生疲れるだろうに、と、妙な心配をする。
 自分が新人の時だって、あそこまでガチガチじゃなかったぜ。
 愛用のマグを手にコーヒーを啜りながら、ちょうど回されてきた所内回覧を眺める。
 大きめのゴシック体で歓送迎会、と書かれたその用紙の、出席の欄に署名をした。

 あのガチガチのヒヨコちゃんが、少しでも肩の力を抜いて楽しめるようにしてやりたい。
 なぜだか、オレは心の隅っこでそう思っていた。


 どんな団体でもそうだろうが、歓送迎会だなんていうのはそれを口実に騒ぎたいだけの集まりだ。
 そして普段硬い職業についている人間ほど羽目の外し方が酷い。
 よって、主役の一人だというのに放り出されて隅っこで黙々と皿を突っつくヒヨコちゃんが程なく完成し、
 オレはフォローするべくグラスを片手に彼女の横へ座った。
「すまねえな、アンタの歓迎会なのに、みんなほったらかしにして」
「いえ、ひとりには慣れてますから。平気です」
 ちょっと緊張した面持ちの彼女が、ちら、とこちらを見る。
 爺さんがオレを紹介したときにナンバーワンだなんて言っちまったせいで、どうも妙にオレに対して壁がある。
 少しだけいざり寄ると、彼女は遠くの皿から料理を取りながらオレから身体を逃がした。
「ふうん、一人暮らしなのか?」
「あ、ええ……」
「実家を離れて一人暮らしじゃ大変だな」
「いえ、そう変わりません。私、妹しかいませんから」
「え」
「父は、小さい頃に亡くなりました。母も、今は……その、いなくて」
「すまねえ、悪いことを聞いちまったな」
「……いえ。大丈夫です、慣れちゃいましたし」
 にっこりと笑うその笑顔はきっと嘘ではないだろうけれど、少し心が痛い。

 ようやく、彼女の態度のすべてに合点がいった。
 父を亡くし、母もおらず、妹とふたり、おそらくはその妹の母代わりをしながら、
 自分がしっかりしなければと言い聞かせてやってきた、その姿が目に浮かぶ。
 誰にも甘えることが出来なくて、誰よりも甘えたいはずなのに甘え方を知らない。
 強気を保っていなければと、自分を必死に律してきたんだろう。

 オレが黙り込んじまったのを気にして、彼女が、ごめんなさい、と呟く。
 楽しませようとしたのに、これじゃ逆効果だ。
「こっちこそ、すまない」
 もう一度言うと、彼女はちょっとだけ寂しそうに笑った。
「心配かけちゃいましたね。でも、ホントに大丈夫です」

 ……それでもなお、強がろうとするのか。

 こいつは、親の後をついて歩くヒヨコじゃない。
 ひとりで頑張ってきた、そしてこれからもそうしようとしている。
 構おうとすると逃げを打つ。周りの同情も庇護も要らない、そんな態度が逆に危うく見える。
 ……それはまさに。
「そうひとりでがんばろうとするなよ、コネコちゃん」
「誰がコネコちゃんですか!」
 眉を吊り上げて怒るその顔を眺めながら心にわきあがったよくわからねえモノは、
 彼女の父代わりにでもなったつもりの庇護欲なのか、
 それとも、もっと何か別のものなのか。

 答えが出せるような出せないような微妙な気持ちのまま、オレは彼女の肩に手を回して
 にやっと笑い向けられたカメラを指差した。

《7月 第4日曜日 親子の日》
……あんまり親子っぽくない…!
4/25「拾得物の日」、6/1「写真の日」の前の話。

9:

 たかが近所までお昼を食べに行ってきただけなのに、汗だくだくってどうなの!?
 なんとなく鼻のてっぺんとほっぺたがひりひりするのも、たぶん日焼けなんだろうと思う。
 このぶんだと夏が終わる頃にはまっくろになっちゃうんだろうなぁ。

「あ、あつい……なるほどくん、あついよう……」
「だからって、扇風機を独占しないでほしいな……」
 火照った頬に、扇風機の風が気持ちイイ。
 ちなみにクーラーもついてはいるけど、古いせいかあんまり効いてくれない。
 たぶん、あたしたちが帰るころになってようやく快適な気温になるかなってレベルだ。
 ネクタイをゆるめて、イスにぐったりと腰掛けたなるほどくんの声は相当参ってる。
 頭のトガリもしおれちゃうんじゃないかって感じだね。
 依頼も事件もない平和な一日も、することがないと暑さばっかりに頭が侵食されちゃいそう。
 新聞をぼーっとみていたなるほどくんが、ため息混じりにぼやく。
「……今日の予想最高気温、35度だってさ……」
「ええええええッ!?そんなの、もうちょっとで体温こしちゃうじゃない!暑くて死んじゃうよ!」
「人間、そう簡単には死なないよ」
「って言ってるけど、なるほどくん。声、死にそうだよ」
「…………」
 ちょっとだけ、会話が途切れた。
 テレビの中では、街の暑さを伝えるレポーターがハンカチで額の汗を拭きまくってる。
 いきなり暑くなったもんだから、コンビニでもアイスが品切れ状態だって。
「ねえなるほどくん、アイスとかないの?」
「こないだ真宵ちゃんが春美ちゃんとふたりで食べつくしただろ」
「あ……そっか」
 お中元で届いたアイスがものすっごくおいしくて、はみちゃんとふたりで感動しながら食べたっけ。
「じゃあもう氷でもいいよ、この際。すずしくなれるならなんでもいい」
「氷か……あっ!」
「ど、どしたの?」
 今までイスの上でスライムみたいにぐったりしてたなるほどくんが、はじかれたように飛び起きた。
 びっくりして目を丸くするあたしの顔を覗き込んで、にっと笑う。
「真宵ちゃん、いいものがあるよ」

 あちこちをごそごそと探し回ったなるほどくんが、ひとつの箱を持って戻ってきた。
「いただきものなんだけど、ずっと使う機会がなくって忘れてたんだよね」
「うわ!すごい!こんなのあったんだ!」
 心なしかうきうきしてるなるほどくんが箱の中から取り出したのは、かき氷機だった。
「ずっとしまってあったから、ちょっと洗わなきゃいけないけどね。それくらいは待てるだろ?」
「うんうん!」
 かき氷が食べられるんなら、どんだけだって待てるね!
 暑い日にはスイカかかき氷!これってたぶん鉄則だと思う。
 あれ、鉄則ってこういうときに使ってもいいんだっけ?
 心はずませながら冷凍庫の氷を確認なんかしたりしてるうちに、ふと気になった。
「ねえなるほどくん、蜜はどうするの?」
「カルピスがあるから、それでいいかな」
「おっけー!」

 にこにこしながらかき氷機を洗うなるほどくんの手元を見てると、
 あたしまでなんだか笑顔になる。
 なるほどくんはいつもあたしのこと子ども扱いするけど、
 こういうときはちゃんとノってくるし、あたし以上に楽しそうにしてることもある。
 そういうとこ、ちょっと、かわいいかもしれないなって思う。

 やっぱりなるほどくんって、あたしの弟みたいなんだよなぁ。

《7月25日 かき氷の日》

10:

※4ネタ(捏造)注意※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「うんうん、そっか!みぬきちゃん、これからなるほどくんをよろしくね」
「はい、もちろんです!」
 にっこり笑いあう、ぼくの新しいムスメと妹みたいな女の子。
 はじめに彼女にムスメのことを話したときは「なるほどくんがコドモを育てられるわけないよ!」
 なんて失礼なことを言ってくれたけど、みぬきに会ったらそんな心配も吹き飛んだみたいだ。
 ……ぼくが望んでたのと、まったく180度反対の方向で。
「……あのさ、真宵ちゃん……なんでみぬきに「よろしく」なのさ」
「だってなるほどくん、これからみぬきちゃんの稼ぎで生活するんじゃないの?」
「人聞きの悪い事言うなよ!」
 きょとんと首を傾げる真宵ちゃんにびしっと指を突きつける、このしぐさも久しぶりだなあ。
「え、でもパパ、ベンゴシじゃなくなっちゃったんだから…もがっ」
 その先はこう、オトコとして、パパとして言わせるわけにはいかなくて、慌ててみぬきの口をふさいだ。

 確かに、今は仕事はないかもしれないけど
 いつまでもみぬきに頼るわけにもいかないし、かといって貯金はほとんどない。
 自然とぼくも働かなきゃいけなくて、しかもその方法がぶっ飛んでいる。
 けれども、まあ、まったく今までしてこなかったことに没頭するのは、
 いろんな事を忘れられるっていう意味では悪くない。

「……もう、心配だなあ……」
 ぷう、と真宵ちゃんが頬を膨らす。
「せっかくお姉ちゃん、なるほどくんのこと認めて安心してたのに……」
 それを言われてしまうと、耳が痛い。
 かつて3年という年月を示唆したぼくの師匠は、今頃草葉の陰でどんな顔をしてるだろうか。
「千尋さん、怒るかな……」
「そんなカンタンに怒んないよ、お姉ちゃんは」
 いや、それは真宵ちゃんがたったひとりのかわいい妹だから甘かっただけだろう。
 ぼくに対しては……やさしくも厳しい師匠だった。
 思い出に浸っているうちにも、会話から置いてきぼりにされたみぬきがぼくの肩越しに顔を出してくる。
「真宵さん!お姉さんってどんなひとですか?」
「うーん、いろいろ話すよりも会ってみた方が早いなあ……今から呼んじゃおっか」
「いいのかよ!秘術じゃないのか、一応」
 まあ、あれだけバンバン呼んでるわけだから、今更って感じもしなくはないけれど。
「え、なになに!?呼ぶって、今から来るんですか?」
「うん。でも、びっくりしないでね?」
 きらきら瞳を輝かせるみぬきに、真宵ちゃんがウインクして笑いかける。
 その仕草がちょっとだけ千尋さんに似ていて、ああ、この子も少しは大人になったんだなあなんて
 感慨にふけるヒマもなく、気づけば似ているどころじゃなく真宵ちゃんの身体は千尋さんのそれに変化していた。
 ……って、早いよ!もうちょっとこう、心の準備とかさせてもらわないと!
「あら……久しぶりね、なるほどくん。どうしたの?」
「イヤ、ちょっと報告が……」
 あるんです、という言葉は続かなかった。
「え、えええええーーーーーー!?どうして!?なんで!?ま、真宵さんじゃないの!?」
「な、なるほどくん!この子、誰!?」
「こら、みぬき!やめなさい!」
 今にもつかみかからんばっかりに食って掛かるみぬきを、ぼくはあわてて止めた。
 ああ、やっぱりそうなるよなあ……
 真宵ちゃんも真宵ちゃんだ。ちゃんと説明してってくれれば、ここまで事態が混乱することもなかっただろうに。
 びっくりしないでねのひとことで、びっくりしないでいられるワケがない。
 いくらマジックで不思議慣れしてても、ここまでの不思議はマジックじゃありえない。

「え、と。話せば長くなるんですが……
 とりあえずこの子は、ぼくが育てることになった依頼人のムスメで、みぬきって言います」
「……また、大変なことになってるのね……」
 千尋さんが頭を抱える。さらに頭の痛い事態を説明しなきゃいけないんだけど、それはもう少しあとだ。
「……で、みぬき。このひとが綾里千尋さん。真宵ちゃんのお姉さんで、ぼくの師匠」
「え、でも……さっきまで真宵さんだったよ?」
「うん、真宵ちゃんちはね、霊媒師の家系なんだ。千尋さんはもう生きてないけど、時々こうして会えるってワケ」
 ものすごく大まかな説明だけど、間違ってはいない。
 一応確認の意味で千尋さんに視線を飛ばしたら、にっこり笑って肯定してくれた。
「そういうこと。よろしくね、みぬきちゃん」
「…………」
 しばらく無言でぼくと千尋さんを交互に眺めてたみぬきが、合点がいったようにぽんと手をたたいた。
「じゃ、ユーレイなんだ!すごい!みぬき、ユーレイに会ったのはじめて!」
「み、みぬき!?」
 間違ってはいない気がするけど、でもやっぱり間違ってるような気もする。
 あわあわしながら、みぬきがこれ以上突拍子もないことを言わないように口をふさぐかどうしようか考えていたら、
「楽しそうで何よりだわ」
 なんて、師匠の呑気な笑い声が聞こえてきた。

《7月26日 幽霊の日》


 

(1〜5…2007.7.1〜7.24)
(6〜10…
2007.7.25〜7.31)

後半の公開期間が異常に短くてすみませんでした…
その文長く書いたような気になってます。ひとつき分の分量では過去最大。

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