拍手お礼SS(記念日編・5月)

 

1:

 正直言って、御剣は働き過ぎだと思う。

 朝は早くに出勤して執務室に届いた数ヶ国分の新聞に目を通し、
 昼間は昼間で今日は事件の調査、明日は法廷、その次の日もまた法廷といった具合。
 昼ゴハンだって、職業上の付き合いでの会食という形が少なくない。
 普通の職員が帰宅するような時間になっても、資料の整理や何やらにかまけて
 ぼくが電話を入れないといつまでだって働き続けているような有様だ。
 休日だって、呼び出されればすぐに飛び出していく。

 これじゃまるきりワーカホリックじゃないか、と心配になったぼくは、
 思い切ってそのあたりのことを問いただしてみた。
 ぼくの言葉に御剣は一瞬驚いたように目を丸くして、それから首を少し傾げて苦笑した。

「きみがそんなことを気にする必要はない、全て私が好きでやっていることだ」
「だって御剣、曲がりなりにも公務員だろ?もっと早く帰るもんじゃないのか、普通」
「全府省一斉定時退庁日というものが設定されている。それで充分だ」
「なにそれ」
「週に一度、超過勤務の縮減のため業務終了後の定時退庁を推進している」
「…それでおまえ、ちゃんと帰ってるの?定時に」
「なかなか難しいが、普段よりは早く帰るぞ。きみのところへ寄らせてもらうのはそういう日が多い」
「ああ、そっか」
 そういえば時々、わりと早い時間に「今から寄る」と電話をよこしてくることがあった。

 いやいや。それじゃごまかされない。

「…でも、過剰労働には変わりないと思うんだけど」
「それはきみも似たようなものじゃないのか?」
 さくっと切り返されて、う、と思わず息を飲む。
 確かに個人事務所なんて、労働条件などあってなきが如しだ。

 ぼくは自分がワーカホリックだなんていう自覚はないけど、
 一般的な会社勤めの人たちに比べたら、たぶん立派な過剰労働なんだろう。
 さらに、その状態に特別不満もなく
 仕事に誇りとやり甲斐と楽しさを感じてもいる。

 …あれ。
 ってことは、自覚がないだけでもしかしてぼくもワーカホリックの素質充分だったりするのか?

「…うん。そうかも」
 素直に認めて、首をすくめる。そんなぼくを見て、御剣が笑った。

「なんだろうねこれ。国民性かなぁ」
「職業病かも知れないな」
「案外、性格…だったりして」
 深く考えずにそんなことばがぽろっと口からこぼれた。
 これはまずい、鼻で笑われるか馬鹿にされるかのどっちかだろう。
 だって、ぼくらふたりは誰から見たって間違いなく似ても似つかないから。

 けれども御剣はそのどちらもしなかった。
 そのかわりに、少しだけ考えるように目を閉じるとふわりと笑った。
「そうか…我々は意外に似たもの同士、という事か」

 純粋に嬉しそうな笑顔に見惚れて、ぼくは言葉を失う。
 しばらくすると恥ずかしくなったらしい御剣が眉を寄せて「何か言いたまえ」と呟いた。
 ごめんと笑って、頬を寄せてぎゅっと抱きしめる。

「…次の休みは、ちゃんとゆっくり休もうね」
「ああ、そうだな」
 御剣がうなずく。
 手の中のさらりとした髪を、すくように撫でた。

 次の休みはどこへ行こうか、何をしようか。
 …いや、違う。
 どこに行かなくてもいい。ふたりでゆっくりのんびりしていよう。

 ぼくらふたりがいつまでも、我らが天職を好きでいられるために。

《5月1日 メーデー》

 

2:

 5がつ5か はれ

 きょうもトノサマンのショーをみにいった。
 いちばんまえでみていたら、
 おりてきたアクダイカーンのてしたにつれていかれた。
 ちょっとだけこわかったけれど、
 トノサマンはつよいからだいじょうぶだとおもった。

 いつもトノサマンがてきをやっつけるしゃしんをとるけど
 きょうはステージのうえにいたからとれなかった。
 でも、いちばんちかくでトノサマン・ザ・ごらんしんをみれたからよかった。

 ショーがおわったあと、トノサマンがおめんとサインをくれた。
 ステージからおりたら、まえにさつえいじょであったおねえちゃんがきて
 「いいなー!うらやましいなー!」
 っていったから、サインをちょっとだけみせてやった。

 それからおねえちゃんとトレカをこうかんして、
 おめんをつけてしゃしんをとってもらった。

 きょうのしゃしんは1まいだけれど、
 オレにとってはわすれられないいちにちだった。

 でもつぎのショーでは、やっぱりしゃしんをとりたいです。

《5月5日 こどもの日》

 

3:

 最近、ずいぶんと暖かくなった。むしろ汗ばむくらいの日も多い。
 こんな時期になると、スーツなんてかったるくて着てられない。
 ベストだって脱ぎ捨てたいくらいだ。

「…センパイ、まるで犬みたいですよ」
 外で昼飯を食って帰社し、暑さにだれて机に突っ伏していたら
 横から呆れた声が飛んできた。
 俺はだらしなく開いていた口からはみ出した舌を引っ込めて、声の主を見上げた。
「よう、コネコちゃん。熱いコーヒーが似合う季節が恋しいな」
「年中飲んでるじゃないですか」
 溜息とともに涼しい顔で切り返された。そりゃそうだ、と肩をすくめる。
「コネコちゃんは暑くねえのか」
「ええ、イイものがありますから」
 食べます?という言葉と一緒に、目の前にちいさなワイン色の紙カップが置かれた。
 プラスチックのスプーンが添えられたバニラ色のソイツをまじまじと眺める。
 漂ってくる、ひんやりとした空気が心地よかった。
「…食べかけじゃねえか」
「嫌ならあげませんよ」
「いや、本当に俺が食っちまっていいのか?って意味だ」
 俺の知る限り、コイツは100円やそこらで買える代物じゃない。
 自分で食べるために買ったんだろうに。

「全部あげるとは言ってませんよ…半分くらいならイイですけど」
「まあ、そうだろうな。じゃあありがたく」
「いえいえ」
 カップを引き寄せて、スプーンを手にした。
 …と。ふと名案を思いついて、俺は顔を上げる。

「…なあコネコちゃん、エスプレッソを淹れてきてくれないか」
「結局飲むんじゃないですか!」
「いや」

 アフォガードにしてふたりで分けようぜ、と耳打ちしたら
 チヒロは耳を真っ赤にして、でもニッコリと頷いた。

《5月9日 アイスクリームの日》

 

4:

 しんと静まり返った病室で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 部屋に据え付けられたカード式のテレビは一度も使っていない。
 あの夏の日からあっという間に秋が過ぎ冬が去り、
 そしてもう、春も終わりを告げようとしている。

「…1年、経っちゃいますよ」

 振り返ってベッドの主へと微笑みかける。
 でも、彼は答えない。
 何本もの管と酸素マスクに覆われた身体を静かに横たえて、
 指先すらぴくりとも動かすことはない。

 ぽたりぽたりと落ちる点滴を目で追う。
 薬液の通る細いチューブは、彼の肩口へと繋がっている。
 腕に取り付けられない点滴を見たのは、これが初めてだった。
 そして出来るなら、そんな事は一生知らないでいたかった。

「ねえ、センパイ?」

 あの夏の終わり。
 事件を追ってろくに休みのなかった私たちは、
 来年の夏はどこへ行こう、何をしよう、そんな会話をしょっちゅう交わしていた。
 彼のブリーフケースにはいくつかのパンフレットと旅行雑誌が入っていて、
 私が煮詰まるといつもニッコリと笑いながら差し出してくれた。
 南の島がいいと言った私のために、いろいろなことを調べてくれた。
 あの頃、きっと間違いなく私以上に忙しかったはずなのに。

 そんなセンパイが、大好きだった。
 そしてそれは今でも変わらない。

「いつまで寝てるんですか?」

 そろそろ起きてくれたっていいじゃないですか。
 微笑んで、ひげの伸びた頬をちょんとつつく。
 そういえば、そろそろ整えてあげないといけない頃合だ。
 私は引き出しから電気シェーバーを出すと、電源を入れた。

 静かな病室に、シェーバーの立てるジジジという音だけが響く。
 私は看護師じゃないから、眠る彼のために出来ることは悔しいほどに少ない。
 こんな小さなことでも、私にとっては大切だった。

 スイッチを切って、椅子に腰掛けると、
 ベッドの上に頬杖をついてきれいになった頬を撫でる。
 髪は幾分伸びたものの、眠るような表情は私の知っている彼そのものだ。
 今にも目を開けそうな気がして暫く眺めるけれど、睫毛の先すら動かない。

「ね…センパイ。もう、全部終わったんですよ?だから、早く…」

 早く、目を覚ましてください。

 音もなく、ちいさな雫がぽたりと落ちた。

《5月12日 看護の日》

 

5:

 ある日曜の朝。

 娘たちを起こしに部屋へ入ると、ふたりともきっちり身支度を済ませ
 満面の笑みを浮かべて私を迎えてくれた。
「あら、どうしたのふたりとも…」
「お母さん、座って座って!」
 上の娘がニッコリと笑って、私に座るように促す。
 そして下の娘がまだ少しおぼつかない足取りで歩み寄ると、
 その小さな手に握り締めた1輪の花を手渡してくれた。
「おかあさん、いつもありがとう」

 そうか、今日は母の日だった。
 娘たちの笑顔に、じんわりと暖かいものが胸を満たす。

「…真宵」
 ありがとうね、と笑って頭を撫でてやると、
 真宵は本当にうれしそうに黒目がちな目を細めた。

「私からは、これ」
「ありがとう…開けてもいい?」
「うん」
 少し照れくさそうな千尋が渡してくれた袋には、
 きれいな細工の入った紅筆が入っていた。
「お母さん、この間壊れたって言ってたでしょ…だから」
「覚えててくれたの、ありがとう」
 千尋の頭も撫でてやると、恥ずかしそうに頬を染めながら
 でも確かに笑い返してくれた。

「ふたりともありがとうね、お母さん、幸せだわ」

 ふたりの娘は、くすくすと笑いあって視線を交わす。
「あのねお母さん、それだけじゃないんだよ」
 千尋が、少しいたずらっぽく微笑む。
 真宵はきらきらした笑顔で私の膝元に飛び込んできて、
 それから大声で宣言した。
「おかあさん、あのね、あたしおそうじする!」
「私はご飯作る。だからね、今日はゆっくりしてて」

「…ふたりとも、ありがとう」

 私をお母さんにしてくれて、ありがとう。
 こんな幸せをくれて、ありがとう。

 嬉しさで滲んだ涙を、私は必死にごまかした。


 …その後。
 わたりろうかから聞こえた真宵の泣き声に慌てて駆けつけると、
 座り込んで泣く真宵の傍らで、真っ青になってツボのカケラを拾い集めている千尋を見つけた。

 いたずらだったら怒らなければいけないところだけれど、
 これはふたりの好意がちょっと悪い方向へ向かってしまっただけだ。

 さて、どうしようか。

 数瞬の逡巡の後、私はカメラを取りにこっそり自室へ戻ることにした。

《5月・第三日曜 母の日》

 


6:

 一人旅をする理由なんていうのは、トクベツ何もなくたっていい。
 女のコの一人旅だったら色々邪推されることもあるだろうけど
 幸いなことにオレは男で、ふらりと旅に出ても誰も文句を言うヤツはいない。
 少しばかりの着替えを詰め込んだデイパックをひとつしょって、
 色鉛筆とスケッチブックを携えればそれで旅支度は完了だ。

「…さて、と…」
 どこ行くかなぁ。
 駅前で路線図を見ながら呟く。
 季節は初夏。山へ行けば新緑は眩しいだろうし、
 海へ行けばきらきらと光る水面を見ることができる。

 …や、海はまだ早いかもなァ。
 どうせなら、その場所に一番ふさわしい季節を描きとめたい。
 決して水着姿の女の子が増える季節を待っているわけじゃなくて、
 オレは心底ゲージュツ的な観点から…いや、マジだって!
 自分でも信じてもらえないとは思うけどな。

 しかしそうすっと、山か?
 若葉の青々と茂る様を想像する。
 けものみちの草いきれ。木々の隙間から零れ落ちる陽光。

 そうだな、悪くねェな。
 路線図に向けた視線を、山方面へ辿る。

「…あ」
 見覚えのある文字の羅列に、息を飲んだ。

 葉桜院。吾童川。

 忘れたくても一生忘れられない。また、忘れてもいけない。
 あの頃のことは、オレの中でそんな感じで位置づけられていた。

 そして、ふと頭の中に妙案が閃く。
「…そうさな、それもアリか」
 切符売り場に一旦背中を向けて、オレは来た道を戻った。
 さし当たっては、駅前の商店街にある花屋まで。

 新緑の山々をスケッチするのは、あの裏庭に花を供えてからでいい。
 オレは、今は亡き師匠の母性溢れる微笑を思い浮かべた。

 時にはこんな旅も悪くないだろ…なんて、な。

《5月16日 旅の日》

 

7:

 汗ばむ身体をシーツに沈めて、弾む息を整える。
 のしかかるからだの重みはいとおしくて、
 私はまだうまく動かない身体で腕を伸ばすと、広い背中にしがみついた。
 大きな手が、私の頬を撫でてゆく。

「…愛してるぜ、チヒロ」
 ついばむようなキスと、アンタはどうだ、と言わんばかりの含みのある微笑。

 こういうときにすんなりと『私も愛してます』って言えたら、
 どれだけ彼を幸せにしてあげることができるんだろう。
 今まで何度もそうしようとしてきたけれど、成功したことはない。

 同じように、私は今でも彼の名前を呼べない。
 いつまでもセンパイと呼び続ける私を、彼はからかうように咎めてくる。

「センパイじゃ他の奴と変わらねえだろ」
「ですから、神乃木センパイ、と」
「…ああ、そうかい」
 拗ねたように横を向く彼を、私は少しだけ可愛く思った。
 そして同時に、ちょっとだけ心が痛む。
 ごめんなさい、と。

 きっと人間には2種類いて、
 神乃木センパイみたいに気持ちをきちんと言葉にできる人と、
 私みたいに照れが先立って言葉にできない人に分けられているんだ。

 だから私はこんな時、例えば、抱きしめる手に力をこめる。
 例えば自分から顔を近づけて、くちづけをする。
 頬に頬をぴたりとつける。
 すべて、愛してるの言葉のかわりに。

 ボディーランゲージだって、立派な言葉だ。
 色恋に不器用な私なりの、これが精一杯の愛情表現。

 いつか照れずに愛してるって言えるようになるまでは、
 私は言葉のかわりに抱きしめよう。キスをしよう。

 何度も、何度でも。

《5月18日 ことばの日》

 

8:

「ねーなるほどくん、さっきから何してるの?」

 真宵ちゃんがクッキーをかじりながら、机に向かっているぼくに呼びかける。
 でもその言葉は右耳から左耳。ぼくはめったに使わないパソコンを起動させていた。
 両手の人差し指を使い、かたかたと途切れ途切れに文章を打ち込むのに必死だ。
「ねーったら」
「ごめん、ちょっと今余裕ない」
「なあに、仕事?あたし手伝おうか?」
 多分なるほどくんより少しはタイピング早いよ、なんて言いながら
 えへんと胸をそらせる真宵ちゃんをちらりと見やると、ぼくは首を横に振った。
「仕事じゃないからいいよ」
「ふーん、そっか。ま、いいけどね」
 興味を失ったようにそっけなくつぶやくと、
 真宵ちゃんは手にしたクッキーに集中しだした。

 最近、真宵ちゃんは諦めがいい。
 こういうときにはものすごく助かるんだけど、
 もしかしたらぼくがこうしてやんわりと断る理由を
 既に察してるんじゃないか、という疑惑もあったりする。
 …と。こんなことはあいつには言えないな。
 知ったが最後、どこかでボロを出すに決まってる。かたかたかた。デリート。

「…真宵ちゃん、あとで自分の周り掃除しといてね」
「えー、なんで」
「クッキーの粉が散らばるから。あと口の端。カケラついてるよ」
 慌てて口元をごしごしとこする真宵ちゃんをひとしきり笑ってから、
 ぼくはまたパソコンの画面に視線を落とした。


 そろそろ時間だ。書き上げたメールをざっと見直して、送信ボタンを押す。
 出勤したあいつがデスクのパソコンの電源をつける頃。
 その時までにメールを送る。そう約束したから。

 窓から、西日がほそく差し込んでいる。
 12時間後にあいつのところに昇る太陽を、今ぼくは見送っている。

 地球の裏側に届くぼくの愛の言葉たち。
 今日から1週間、半日の時差を超えてぼくらはメールを送りあう。

 かつて同じ国にいても、届かなかったいくつもの手紙があった。

 一方通行じゃない想いをかみしめながら、幸せに浸る。
 明日ぼくが出勤する頃にはどんな返事が来ているだろう。

 にやにやと緩む頬を片手で覆って、早く明日が来ますようにと願った。

《5月23日 ラブレターの日》

 

9:

 これから徹夜をするのだというなるほどくんに頼まれて、あたしはコンビニの自動ドアをくぐった。
 すたすたとドリンクコーナーに歩いていって、お目当てのものを探す。
「っと、これでいいかな」
 コーヒーやら栄養ドリンクやらを突っ込んだカゴをレジに持っていくと、
 預かったなるほどくんの財布を取り出して、ひとこと。
「えっと、これとあとブラッドオレンジソフトください」
「かしこまりました」
 怒られるかな?でもいいよね、これくらいお駄賃ってコトで。
 だって、レジの上の写真がめちゃくちゃおいしそうだったし。

 ソフトクリームができるまで、買い物袋を提げてぼんやりとイスに座って店内を眺める。
 雑誌を立ち読みしてる人たち、きらきらのマニキュアの瓶、アイスの入った冷凍ケース。
 …そして。
「あ」
 今までずっと死角になってたレジのまん前になつかしいものを見つけて、
 あたしは考える間もなくその袋をつかむと、
 なるほどくんのサイフを取り出しながら再びレジに向かった。

「ただいまー」
「お帰り真宵ちゃん、遅かったね」
 書き物をしていたなるほどくんが、すぐに手を伸ばしてきた。
 あたしは缶コーヒーをその手に渡すと、残りのドリンク類をしまうために冷蔵庫を開ける。
 と、背後からとがめるような声が飛んできた。
「あっ、真宵ちゃん何買ってんだよ!」
「…ばれたか」
「証拠隠滅するならレシートもなんとかしなきゃだめだよ、真宵ちゃん」
 あちゃー。そういえばそうだ。
 いつものクセで財布に入れて持って帰ってきちゃったんだ。
 でもやってしまったことは仕方ないんで、堂々と開き直ってみる。
「でももう食べちゃったし。おいしかったよ!あたし的にはアリだったなあ」
「そっちじゃなくて」
 なるほどくんはにやっと笑うと、つかつかとあたしのほうに向かってきて羽織をめくると
 帯に挟んで隠してた花火の袋を引き抜いた。
「あ」
「…まだまだコドモだね、真宵ちゃんは」
「うー」
 なんだか恥ずかしくなって、唇をとがらせる。
「やりたかったの?花火」
「……うん」
 ちいさくうなづくと、なるほどくんの大きな手があたしの頭をわしわし撫でた。

「今日は付き合ってあげれないけど、そうだな、週末くらいだったらいいかな」
「…うん、ありがと」

 なるほどくんのこういうところ、甘いなって思うけど、嫌いじゃないんだよね。
 あたしの弟であり、お兄ちゃんみたいな感じだけど、
 もしかしたら、おとうさんでもあるのかもしれない。

「じゃ、約束」
「うん」
 差し出された小指に小指をからめる。

 そういえばおとうさんと花火をしたことなかったな、と思いながら、
 あたしはなるほどくんとゆびきりをかわした。

《5月28日 花火の日》

 

10:

 ごとん、と鈍い音を立てて、机の上の灰皿が落下する。
 これで一体何度目だろう。
 分厚いカーペットのおかげで割れたことはないけれど、
 あたり一面に散らばる灰には辟易する。

 事務所には今、私ひとりしかいない。
 あの方がいたら間違いなく私のかわりに片付けてくれるし
 大きな身体を縮こまらせて掃除機をかける姿はどことなく可愛いけれど、
 私がここにいるのはあの方に掃除などをさせるためではない。

 喉の奥で、くっと笑う。
 もっとかわいく笑えたらと思う。
 そうしたらあの方はいつにも増して目尻を下げ、
 私をもっと可愛いと褒めてくれるのだろうか。

 掃除機でどれだけ吸っても、煙草独特の匂いは消えない。
 間近で見つめあい吐息を交わす時と少しだけ似ている。
 机の上に置かれた煙草の箱を手に取り、何の気なしに眺めた。

喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の
一つとなります。
疫学的な統計によると、喫煙者は肺がんにより
死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から
4倍高くなります。

「……」
 クッ、と、今度は息を飲む。
 こんなことが書いてあったなんて、今まで知らなかった。

 長生きして欲しい。できる限り傍に置かせて欲しい。
 そう思っているのは、もしかしたら私だけかもしれないけれど。

 それでもあの方が帰ってきたら、ひとつお願いをしよう。
 私は灰皿の灰をきれいに洗い落とすと、戸棚の奥にそっとしまった。

《5月31日 世界禁煙デー》


 

(1〜5…2007.5.1〜5.15)
(6〜10…
2007.5.17〜5.31)

今更気づいたのですが、どうやらわたしはなるほどくんが事務所で忙しげにしてるのが好きみたいです。
かなりの割合で書いてる気が。

今回またサブキャラを出してみました。九太に舞子ママにうらみちゃん。夢は1年で全キャラ制覇…無理だろうなぁ。


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