「天国にいちばん近い島」本文サンプル

 


「ホテル、って感じがしねぇな」
「確かに」
 
部屋を案内される道すがら、私たちはそんな言葉を交わす。ホテルというとどうしても鉄筋コンクリート製の高層建造物を思い浮かべてしまうけれど、ここはどちらかというとヴィラの集まりといった風情だった。宿泊棟の作り自体は二階建てであること以外普通のホテルと大差ないけれど、木製の階段や通路、何よりもその周りに生い茂る亜熱帯植物が、この場所を無機質なイメージから遠ざけていた。
 
いろいろなことに感心しているうちにどうやら部屋に着いたようで、こちらです、という身振りとともに、ベルボーイがドアを開けた。
「……ほう……」
「……うわあ……」
 
まず見えたのは、総ガラス張りと言っても差し支えないほどの大きな窓。思わず早足で駆け寄ると、外の景色に圧倒された。
 
うっそうと茂る草木。その中に見えるひときわ高い木は、椰子の仲間だろうか。合間にぽつぽつとヴィラらしき屋根が見え、さらに遠くには雨のせいで灰色に淀んではいるものの、広々とした海原があった。晴れたらきっと青い空も見られるだろう。考えただけでもそれは心踊る風景だった。
「……おいおいコネコちゃん、いつまでそうやってる気だい?」
「え」
 
突然かけられた声に振り返ると、ベルボーイはいつの間にか姿を消していた。センパイはすでにスーツケースを開け、ポットのお湯でコーヒーを淹れている。
「わ、私ったら……すみません、ぼーっとしちゃって」
「ま、ある程度のことは聞いておいたから心配するな。とりあえず荷物まとめて一休
みするとしようや」
 
部屋に備え付けらしい見慣れないオレンジ色のマグカップを片手に、センパイが笑った。


 

ブラウザのバックでお戻りください。