この1ヶ月ほど、なぜかずっと我が家で寛いでいる男がいる。

「……おい、成歩堂」
「なに?御剣」
なるべく威圧するようなオーラを出しつつ声をかけたつもりが、全く毒気のない顔をしてへらり
と笑う。そしていつだって、とんでもなく斜め上な反応が返ってくるのだ。
「わかった、したくなったんだね」
に、と笑ったまま、腕が伸びてきて身体を絡め取られた。
「ち、違……!!」
私のする抵抗など、抵抗に値しないと言わんばかりに成歩堂は私を組み敷く。

この1ヶ月、ずっとこの有様だ。

 

ぼくと健全な恋愛を

 


「……違う、と何度も言ったではないか」
「えー」
よかったくせに、なんて世迷言は聞き流して、だらだらとベッドに寝そべる成歩堂を睨みつける。
「そうではなくてだな、きみは一体いつまでここにいるつもりなのだ」
「迷惑じゃないでしょー、別に」
いけしゃあしゃあとよく言う。
「迷惑に決まっているだろうが!だいたい、キサマがいるせいで家にせん……」
「……『せん』、なに?」
嫌な予感がして口を塞いだのと前後して、成歩堂の目がすっと鋭く眇められた。
「それってあれだよね、よく御剣が電話してる相手」
「………」
目をそらし俯いた。その視線の先には剥ぎ取られた衣服が散らばっていたりして、いたたまれない。
「ひとのプライベートに踏み込むのは、やめてもらいたい」
「聞こえちゃうんだから仕方ないでしょ」
成歩堂はさらりと言うが、断じて彼に聞こえるように電話をしていたことなどない、はずだ。彼の聴力がどうかしているか、ただのハッタリか、あるいは何か犯罪的なことに手を染めているかのどれかだ。
私のことなどお構いなしに、成歩堂が続けた。
「話から察するに不倫でしょ?ダメだよ、不倫は。泣いてる御剣とか見るのぼく嫌だし」
いかにも「心配しています」という表情をしているけれど、それが逆に癇に障る。心配ならそのようなアレに隙あらばなだれ込もうとするその悪癖をどうにかしてもらおうか!
「――キサマ、今すぐ出て行け!!」
容赦なくベッドから叩きだすと、シーツを身体に巻いた成歩堂が情けなく眉を寄せた。
「だって、住むとこないんだもん……」
「それは私も承知している。で、見つかりそうなのか?部屋は」
さる事情から住処を失った彼を、温情で泊めてしまったのが1ヶ月前。普通に探していれば、いくつかめぼしい物件くらいは見つかっていそうなものだが。
「それがぜーんぜん」
けろり、と言うので、ベッドの上から枕を投げつけてやった。
「馬鹿者、まじめに探せ!!」
「これでも色々忙しいんだよ、ぼくも」
その忙しい、と言うのがどれほどのものだろうか。少なくとも、私よりは暇があるはずだ。
なにしろ、若干二十歳でデビューを飾った私と違い、彼はまだ学生の身分なのだから。

「でもこの部屋いいよね、立地も、広さも。窓が多いとこも好きだなあ」
「そうだろう」
褒められると悪い気はしない。私とて住環境に無頓着なわけではなく、それなりに良いところをと探した結果がこの家だ。このような好物件は、そう簡単に見つからないだろう。
「なにしろ、探すのに3ヶ月かけたからな」
「へー、3ヶ月ね……そうかあ3ヶ月かあ……」
にやり、と笑った成歩堂の顔を見て、自分が失敗したことを悟った。
「とりあえずさ、シャワー浴びない?」

一緒に、と言う申し出を断固却下し、ひとりで熱い湯を浴びた。
(……こんなはずではなかったのに)
1ヶ月前のことを思い出す。
駅で呆けていた成歩堂を連れ帰ってきた、あの初めての晩。
客用布団もなくソファに毛布を持っていけばベッドの広さを指摘され、邪魔はしないからと潜り込まれ、10分前にした宣言など忘れたように突如襲い掛かってきた、あの晩さえなければ。
(あの時、なし崩しに関係を許可してしまったがためにこんなことに……)
ため息ばかりが満ちるバスルームで、遠くに電話の着信音を聞いた。

風呂から上がり携帯を見ると、思ったとおりの名前が着信履歴に残っている。成歩堂は私と入れ替わりに風呂場に行った。架けなおすなら今だろう。
無機質な呼び出し音を2回、その次に私を呼ぶ声が続いた。
『レイジか』
「はい。先生。御用はなんでしたか」
『ああ、今日、そちらに行く』
「今から、ですか?」
『不都合か』
「……すみません」
シャワーの音が消えた。もしかしなくても、成歩堂が風呂場から聞き耳を立てているのだろう。
今のこの家に、先生は呼べない。
『ならば良い。では』
「はい、おやすみなさい。先生」
気分を害したのだろうか、固い声が会話の終わりを告げて切れた。
「………」
ため息をつくと、背中に何か温かいものが触れた。
「御剣」
いつの間に風呂から上がったのかとか、せめてシャツくらい着ろとか、言いたいことは山ほどある。
けれどこんなに強く抱きしめられては、声もうまく出せない。
「不倫オヤジとなんか、もう会わせないよ」
どんな顔をしているのだろう、成歩堂は。そして、私は。

「ねえ御剣。ぼくと健全な恋愛をしよう」
ぎゅうと抱き締めてくる成歩堂のその裸の腕が、正直暑苦しかった。

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