マタアイマショウ
「話す事は問題なくできるんだから、それで充分だぜ」
目の前の彼はそんなことを言って、うまく触れられない私の頬をすっとなぞった。
「言葉だけでも充分ヨくできる」
「…何を、言ってるんですか」
ありえないと思った。
今のこの状態の私に向かって、しかも自信満々の態度で。
そんな顔は昔と何一つ変わらなくてそれが嬉しいやら悔しいやらで、私は染まった頬を隠すために少しだけ俯いた。
さらりと落ちた前髪の隙間から、こっそり彼の顔を覗き見る。
少し、目元に皺が増えた。
その分、険が取れてやさしい顔になった。
深い傷跡が刻まれているけれど、ちっとも怖くない。
胸の奥がちりちりと音を立てる。
甘く、でも射抜くように鋭い視線が、私の体を溶かしていく。
重ねた夜の記憶が、身体にどんどん満ちてゆく。
「…あ」
気づけば、ごつごつとした手が私の胸を無遠慮に掴もうとしていた。
この大きな手で触れられるのが、私は本当に好きだった。
拒否する間もなく、不思議なぬくもりだけがわずかに伝わってくる。
「…冷たくはねぇな」
「あ。はい…空気みたいなものですし…って、こら」
指先で顎をつんと突いて、悪戯を咎める。
「誰が触っていいといいましたか」
「いいじゃねえか、昔はあんなに…」
「わー!!」
あわあわとうろたえる私を、本当に楽しそうにからかってくる。
ほんとうに、なにひとつ変わらない。
でも、私たちは決定的に変わってしまった。
急に寂しくなって、目の前の胸に縋った。
ぬくもりが欲しかった。でも、昔と同じぬくもりを知ることはもうできない。
抱きしめる力強い腕。頬を押し当てた広い胸。もうなにひとつ感じ取ることはできない。
背中に回した腕に、きゅっと力をこめた。この力が伝わるなんて思っていない。
それでも感じ取って欲しかった。私の魂が、こんなにも貴方を欲しているのだと。
ゆっくりと身体が離される。
そう思った瞬間、してもいない呼吸を奪われた。
その唇は確かに、私に初めて熱を教えてくれたあの日と同じものだった。
「…私ね、ひとつ夢があるんです」
「なんだ」
今にも寝てしまいそうなくらいまばたきを繰り返している彼の髪を梳きながら、とても穏やかな気持ちで言葉を紡ぐ。
「貴方がいずれ年を取ってこっちに来るときに、迎えに行ってあげるの」
「ほう…そりゃいいな。気分良く逝けそうだ」
目を閉じたまま、くつくつと笑う。
その顔は本当に満足そうで、私は彼のためだったらいくらでも待てると思った。
「長生きしてくださいね。私、センパイがおじいちゃんになるの、見たいですから」
「クッ…イイ趣味してやがる…ぜ…」
目の前の愛しい寝顔を眺める。布団の端を握り締める手をそっと撫でる。
そろそろ、お別れの時間だ。
…もし、同じ場所に来ることが叶わなかったとしたら。
そんなことが頭の隅に浮かぶ。
「…もしも、離れ離れになっても…」
私は、望んでどこへだって堕ちよう。
だから、大丈夫。私たちはもう分かたれることはない。
…だから、また会いましょう。
きらきらと輝く朝焼けの光の中、私はゆっくりと意識を解放した。
***
「やみのみ」さまにて開催されていた絵チャの流れから、雰囲気だけでやらかしてみました…
随分前に進呈させていただいたものなのですが、思い立ったのでこちらにもあげておきます。