melt.
天気予報が当たる確率なんていうのはそれなりにあるはずで、朝見た予報を参考にしてその日傘を持っていくか否かを決めている人はかなり多いと思う。
というのも、今朝乗ってきた電車の中で傘を持っていた人なんて、ほぼ皆無に近かったから。
「……ついてないな」
「今日はみんなそう思ってると思いますよ」
予報に反しどんよりと曇った空からは、ぽつぽつと絶え間なく雨粒が落ちてきている。
今さっき降り始めたという感じではなく、道路の端には水溜りが出来始めているし、道行く人はだいたいコンビニかどこかで調達したようなビニール傘をさして歩いている。
おろしたばかりの淡い桃色のツイードスカートも、運が悪ければ通りを走る車の飛ばす飛沫で台無しになってしまうだろう。
「とにかく傘を調達するか。デパートかコンビニか……クソ、ねぇな」
オフィス街のクセに、とセンパイが唇を歪める。
私はその横で、ふうと息をつきながら手にした鞄をそっと押さえた。
「どうした」
「べ、つに……」
その仕草を目敏く見つけられて、視線を落とす。
鞄の中に入ったままの折り畳み傘。
取り出した後、どうなるのかを想像する。
そんなことになってしまえば、このまま心のうちを隠しておくことが出来なくなる。
腕を組んで暫く黙っていたセンパイが、く、と笑った。
「“それ”、出してみろよ」
そのひとことに、ぼわりと頬に熱が集まる。
つい昨日切りそろえた前髪が、視界のふちでさらさら揺れた。
もう少し長ければ、きっとうまく表情を隠してくれたのに。
「コネコちゃんは今日は直帰か」
「は、はい」
「じゃあ、駅までだな」
半分に分け合ったちいさな傘の下で、
触れそうな右手を落ち着きなくさまよわせながら、ぎこちなく歩く。
傘が雨をはじくぱたぱたという不規則な音でさえ、胸を高鳴らせた。
二言三言降りてくる言葉に、詰まりながら簡単な言葉を返すくらいしか出来ない。
それでもセンパイは何もとがめず、いつものようにからかうこともせず、
私の歩調に合わせて、私に傘を差しかけながらゆっくりと歩いてくれた。
前方に見えた駅の入り口に、時間が今止まってしまえばいいと願う。
このまま、ずっと一緒に歩いていたいと思う。
嬉しいのになぜだか泣きそうになって、胸が苦しくて、どうしていいのかわからない。
こんなに苦しいのならばもうこの気持ちが届いてしまえばいいと、いつしかそう思っていた。