思ったとおり、境内は人でごった返していた。
それでもぼくは、今日ここに来たかったんだ。御剣と一緒に。
恐らく参拝列だろうってところに身体をねじ込んで、人の流れに任せることにした。
だけど合間合間で横切る人、列を抜ける人、逆に入り込んでくる人なんかが行き来するせいで、列は一進一退を繰り返してどんどんごちゃごちゃになっていく。
「…なんか、下手したらはぐれそうだね」
「きみが目立つから問題ない」
そのアタマが、と、御剣がすこし笑う。
「じゃあ、離れても御剣がぼくを見つけてくれるってこと?」
他意なしに微笑んだら、御剣がちょっと顔を赤くして。
なんだかずいぶん意味深な言葉を吐いてしまったことに気づいて、ぼくまで頬を染めた。
まるでお祭りのような喧騒と、参道にずらりと並んだ屋台。
おいしそうなニオイがするけど、何か食べるのは帰りにしよう。
ゆっくりゆっくり列は進む。ようやく、社が見えてきた。
あかりに照らされた賽銭箱と、その周りに敷かれた白い布。
参拝客の投げるお賽銭が、キラキラ光りながら絶え間なくその上を飛び交う。
人波に押されながら、ぼくらはそれぞれ財布を出して、お賽銭を用意する。
御剣は500円玉。ぼくは5円玉。
「随分安い願い事だな、子供か、きみは」
「これでいいんだよ、ぼくは」
「ふ…ご縁がありますように、とでも?」
「…うん。そう」
ぼくと御剣は同時にお賽銭を投げて、そしてゆっくりと、手を合わせた。
鐘の音が、聞こえる。
遠くで、近くで、ばらばらと拍手と歓声がわきおこる。
おめでとうおめでとうと飛び交う声で、ぼくらは年が明けたことを知った。
「…あけましておめでとう、御剣」
「うム、おめでとう。成歩堂」
目配せをして、お互いに頭を下げる。
新しい年の初め、御剣とふたり。
きっと今年はいい年になる。去年あった、いろいろな悲しみや苦しみのぶんまで。
そうでなければ、ウソだと思った。
夜店で買ったイカ焼きを齧りながら、まだまだごった返してる参道を引き返す。
途中でお神酒を配ってて、ぼくらはありがたくそれをいただくことにした。
石垣に寄りかかって、あったかい日本酒をすする。
「…二年参りってさ」
「なんだ」
「足かけ二年でお参りするからご利益も2倍とかって言うけど。ぼく、違うと思うんだよね」
ほんとうは、去年お願いしたことへのお礼をして、そしてまた新しい年のことを願う。
そういう意味なんじゃないかって思ったんだ。
だって、お礼もなしで願いっぱなしなんて、虫が良すぎるから。
そんなことを話したら、御剣は「そうかもしれないな」と頷いた。
去年、ぼくはここへ来て「かならず弁護士になれますように」って願った。
ぼくにとってそれは「御剣に会えますように」と、ほとんど同じ意味だ。
もちろん、神頼みしたからって、ただそれだけで願いが叶ったわけじゃないっていうのは努力したぼく自身が一番知ってる。
それでも、そういうように願ったから。だから、お礼をしなきゃいけない。
御剣に会えた。その報告と、お礼。
完全に昔みたいにとはいかなくても、こうしてまた肩を並べられるしあわせへの感謝を。
「…なあ御剣」
「どうした、成歩堂」
「来年も、来よう。一緒に」
このしあわせを、ずっとつないでいけるように。
また来年も、このしあわせを神様に感謝できるように。
御剣はぼくから少し目をそらして、なんだか困ったように笑う。
ぼくはそれを不器用な御剣なりの肯定と受け取って、満面の笑顔をかえした。