流星群





 千尋が恨めしげな表情で窓越しに見上げた空は藍よりも濃く曇り、
 さらには小さな雨粒さえ落ちてきている。
 小さなため息をついた彼女の肩を、そっと包み込む大きな手があった。

「なに、こんなものは年中行事なんだ。来年だって再来年だって見られるさ」
「……でも、楽しみにしてたんです」

 意気消沈した様子の千尋は、いつものように気を張っていないせいか年相応に可愛らしい。
 こんな顔を見られるのなら、流星群が見られなかったことくらいは大したことじゃない。
 実は自分も楽しみにしていた神乃木は、心の隅でそんなことを考えた。

「来年じゃ、ダメかい?……チヒロ」
 静かに耳元でささやくと、背後からぎゅっと抱きすくめる。
 千尋の体が一瞬だけこわばり、そしてすぐに神乃木に身を委ねるように弛緩した。

 神乃木自身、こうすることでごまかそうとしているとしか思えない。
 けれど、自分たちにはまだ未来がある。
 大人になってしまった今、1年なんてあっという間だ。

「今年は花火も見た、泳ぎにも行った。夏の思い出なんざ、それで充分だ。
 それとも、そう思ってるのはオレだけか?」
「……ちがい、ますけど……」
「だったら、待てるな?コネコちゃん」

 千尋のおとがいに回した指をくいと引き、振り向かせる。
 至近距離で見つめた千尋の目元は朱に染まり、困惑したように彷徨った視線は
 それでも一瞬で柔らかな笑みに変わった。

「……はい」
「よし、いいコだ」

 神乃木は空いた手で千尋の頭を撫でると、そのまま瞳を閉じさせた。

 

 流星群が見たければ、秋や冬にだって機会はある。
 そのときには翌日一日休みを取って、夜通し身を寄せ合いながら空を見上げていたっていい。
 都会の光に邪魔されない山や高台や海辺に出向くのも悪くない。
 いくつかの個人的な願い事を教えあい、たまには茶化し、膨れた顔の千尋を慰めて。
 また一緒に笑い、これから先のことを話し合って、星に願いを捧げて……


 千尋を腕の中にかき抱いたまま、
 そんな幸せな近しい未来の光景を、神乃木は心の中に思い浮かべていた。





<<ブラウザのバックでお戻りください。