人間は死んだら、星に還る。
随分と昔にそう聞いたのは、誰からだったろうか。

 


そら

 


誰もいない高台は、もしもあの日が晴れていたならば足を向けていた場所で。
「まあ、飲めよ。オゴっちゃうぜ」
ここへ来る前にコーヒーショップに寄って買い求めてきたふたつの紙コップ、グリーンのロゴの入ったその片方を傍らの地面に置いた。
もう片方の蓋を開ける。
「今日のブレンドだ。限定モノ、好きだったろう?」
応えはない。分かっていながら、それでも神乃木は話し続ける。
「あん、フラペチーノ?あれはコーヒーとは呼べねえな」
笑う神乃木の頭上を、すいと小さな星が横切った。

「……なあ。アンタがいなくなって、もう何年だ?」
共に白髪の生えるまで。
そんな約束を交わしたわけではないけれど、心の中ではお互いがそのつもりだったと信じている。
「白髪になったのはオレだけじゃねえか」
しかも、年を重ねての変化ではない。
「約束が違うぜ、コネコちゃん」

神乃木荘龍にとっての綾里千尋は、一番の理解者であり、恋人であり、彼の半身ですらあった。
半身を失っても生きていられたのは、縋る目標があったから。
しかしそれを失ってしまえば残ったのはぼろぼろの体と、からっぽの心だけだった。
「随分みっともなくなっちまったな、オレは」
千尋がここにいたならば、神乃木を叱るだろうか。
それとも、自分を責めて泣くのだろうか。
23歳までの彼女しか知らない神乃木には、27歳の彼女ならばどうするのか、想像が付かない。

「…なあ、チヒロ」
手の中の闇を溜息と一緒に飲み下し空を見上げると、満天の星が神乃木を見下ろしていた。
「アンタはまだ、オレを見てくれているかい?」
あの雨の晩に見えなかった星たちが、神乃木に向かってシャワーのように降り注ぐ。
動かず瞬いている星のどれかが、彼女の星なのだろうか。

それならば、どれほどちっぽけでもいい。
この先長くない生の終わりには、この身を星に変えて、寄り添い合っていたいと思う。
共に燃えつき、その姿が消えてゆくまで。

精一杯生きていこう。最期まで、命の火を燃やし続けよう。
胸を張って会えるように。この空の上、彼女の隣で、きらきらと輝けるように。

空になったコップと汗をかいた満杯のコップを並べて、神乃木はそっとその場を後にした。



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