「アンタだって、たまにはひとりで外食くらいはするだろう?」
「……まあ、たまに、ですけど」
たまに、を強調したチヒロが、手元のアイロンを動かす。いつだったか何かの景品として貰ったまま、長い間埃を被っていたシロモノだ。チヒロが来るようになって、ようやく日の目を見た。勿論我が家にはアイロン台などないので、畳んだバスタオルをシーツで包んで代用している。
「ハンカチだって、使うのはオレだけだからな。しわくちゃでも問題はないぜ」
「……誰かに貸す、ということがあるかも知れませんよ」
「アンタがハンカチを忘れたりしない限り、そいつはありえねぇさ」
話している間にも、きちんと形の整えられたハンカチが畳んで目の前に積まれていく。その数、五枚。
続いてチヒロは、脇に積んであったシャツを手に取った。普段着用のそれは、当然形態安定加工などされていない。今までは洗って干しただけのものを「シワ加工です」というような顔をして着ていたが、チヒロはそれがご不満だったらしい。
「しかし面倒そうだな……もう終わりにしてもいいんだぜ。オレは構わねぇ」
「わたしが構います! ……わたしのスカーフがよれよれだったら、センパイはどう思います?」
「よほど忙しいか、よほど疲れてるか、あるいはその両方……ってところか。別にどうってことはないな」
「それは、センパイがわたしをよく知っているからだと思います。普通は、しわしわよれよれのものを身につけていたら、だらしなく見えるものです」
しわの入ったシャツたちが、見る間に美しく仕上げられていく。さすがにクリーニングほどとはいかないが、それでもかなりの腕前だと思う。
「そうかい?」
「そうです。センパイほどの人がしわしわのシャツなんて着てたら、もったいないですよ」


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「パパ、ありがとうね!」
帰り道、いつもよりちょっと派手なステージ衣装をコートの下に隠して、みぬきが微笑む。
「うん、こちらこそ。お誘いありがとう。楽しかった」
「またまた、ムリしなくていいよ。ピアノ、大変だったでしょ」
「……まあね。でも、楽しかったのはホントだよ」
みぬきと同じステージに上がり、立派にショウをこなす彼女の姿を見ることが出来た。正直自分のことでいっぱいいっぱいだったけれど、それでもこれは本当にいい経験だったと胸を張って言うことができる……まあ、来年もやってくれと言われれば即座に首を横に振るわけだけど。
「来年はオドロキさんとも一緒にやりたいね!」
「うーん、彼ね……ほぼ間違いなくやりたがらないよ。ムリだろうね」
「……パパ、自分がもうピアノ弾きたくないだけでしょ」
「ははは、バレたか」
じとっとした目で見つめられると、ウソはつけない。
「本気で練習したら、結構弾けるようになると思うんだけどなあ」
「いや、ムリだと思うよ……」
なにせ七年かけて、レパートリーがたったの二曲しかないのだ。事務所のピアノは、今回の一件までずっと物置と化してたし。多分、明日からまた物置に戻るんだろう。
「まあいいや、今年一回だけでも……パパがイヤなら仕方ないしね」
「面目ない」
ぼくは苦笑して、頭を掻いた。いつもながら、みぬきには頭が上がらない。
イルミネーションの下を、ゆっくりと歩く。すれ違うのは恋人たちばかりで、親子はなかなか見つからない。きっと、みんな家でパーティをしているんだろう。ケーキを食べて、サンタクロースからのプレゼントを楽しみに眠る。