世界は、ただただ真っ白だった。
手にした刃が肉を貫いた感触がこれほどまでに生々しく残っているのに、それがまるで夢か幻とでもいうかのようだ。
それでもそんな都合のいい景色はまやかしだと、生き返ったときから知っている。
血が見えずとも、それで自分の罪が軽くなるわけではない。
倒れ臥している女を見やる。それは、既に俺が手にかけたときの姿ではなかった。
愛した女のために、彼女の残した大切な存在のために。
愛した女の母を俺は殺した。
そのことだけは、この先一生消えない事実だ。
この人を母と呼ぶことのできる未来も、もしかしたらあったのかもしれない。
一瞬だけそう思ったが、すぐにその感情を切り捨てる。
顔に刻まれた傷は、恐らく消えることはない。
それを見るたび、俺は今日のことを思い出すのだろう。
死してなお全てを奪おうとする、美柳ちなみの怨念を。
命を賭しても娘を守ると覚悟を決めた、綾里舞子の強さを。
そしてチヒロのためと言いながら、結局はこんな形でしかそれを示せなかった俺の矮小さを。
本当に彼女を想うなら。
彼女の残した大切なものを守りたいなら。
もっとほかに手段があったはずだった。
倒れている少女を、起こさないようにゆっくりと抱き上げる。
そのぬくもりに安堵し、そして同時に心から悔いた。
雪を捨てに行った側溝で、枯れ枝に埋もれ朽ち果てている小さな蛾の死骸を見つけた。
この空間に生きているモノなど、何一つない。
そう思うと、喉の奥から自嘲めいた笑いが漏れる。
無理やりにでも目的を作らないと生きていけない俺は、
その目的のために、人すら殺してしまえた俺は、
きっともう、とうの昔に死んでいるのだから。
…まだ、夜は終わらない。