『この事件は俺とアンタの事件だ、チヒロ』
『お爺ちゃんは確かにヤリ手だと思う。だが…立場もあるんだろうぜ、どうにも保身を考えちまって自由に動けねぇ』
『だからな。もっと自由に動くために、事務所を立ち上げるのも悪かねえだろ?』
『センパイ、独立するんですか』
そう聞いた私に、彼は目を細めた。
『クッ…さっき言っただろう?これは俺とアンタの事件だ。俺一人でやろうなんて思っちゃいない』
『神乃木法律事務所、か…イイ響きじゃねえか』
『え、私の名前は入らないんですか?』
ただ、冗談めかして聞いただけだった。
『気になるかい?』
『ええ、気になります』
くすくす笑った私の頬に手を添えて、センパイは目を細めて薄く微笑む。
『簡単なことだ。チヒロも“神乃木”になればいいだけの話…だぜ』
昨日のことのように思い出す。
当然だ。
だって、本当につい昨晩交わした会話だったんだから。
「…千尋クン…」
「……どうして…どうして、私…気づけなかった……」
「そんなに自分を責めるんぢゃない。神乃木君に怒られるぞ」
先生の手のひらが、泣き崩れた私の背中をそっと撫でた。
無機質な電子音が、途切れることなく深夜の病室に響き渡っている。
噛み締めた唇に感じるのは涙の塩辛さと、鈍い鉄の味。
約束は、もう果たせない。