08 認めたくない言葉

 

  『前略 久しぶりに手紙を書くよ。もうこれで何通目になるのかな?
  子供のころから今まで、自分でもあきれるくらい書いたように思うよ。
  ちゃんと全部、きみのところに届いているのかなぁ。
  もし届いてたとしても、読まずに捨ててるのかもしれないってわかってる。
  だけど、書かずにはいられないんだ。許してほしい。

  今日手紙を書いたのは、伝えたいことができたからなんだ。
  もしかしたらきみの耳にも届いてるかもしれない。
  …って、そんなにうぬぼれちゃいけないかな。

  ぼく、弁護士になったよ。

  びっくりした?
  いや、自分でもびっくりなんだけどさ。
  だってぼく、法学部でもなんでもないのにストレートで通っちゃったんだよ、司法試験。
  大学で進路届け出したらびっくりされた。開学以来初めてだってさ。

  初仕事は矢張の弁護だった。覚えてる?矢張政志。あいつも変わらないよ。
  ちなみに、結果は勝訴だった。結構すごくない?ぼく。

  きみの名前を週刊誌に見つけたときから…いや、そうじゃないな。
  きみがぼくたちの前から姿を消したあの冬の日からずっと、
  ぼくはずっときみに会いたいと思ってた。
  それがようやく叶うと思うと、すごく嬉しい。

  そのうち同じ事件を担当して、法廷で会うことになると思う。
  手紙は捨てることが出来るけど、目の前にいるぼくを見ずにいることはできないだろう?
  
だからぼくがきみの目の前に立ったときには、ちゃんと聞かせてほしい。
  きみがどうしてあんな黒い噂をまとっているのか。
  きみはそんなことを望んでするヤツじゃない。ぼくはそれを信じてる。

  しばらく、手紙は書かないことにするよ。
  まだまだ勉強しなくちゃいけないこともたくさんあるしね。

  それに、きっと次の手紙を書く前に、きみに会える気がするんだ。
  ただの勘だけどね。なんとなく、当たる気がする。

  じゃあ、それまで元気で。 早々

  2016年8月5日 成歩堂龍一


 

 丁寧な文字で真っ直ぐに綴られた、強すぎる想いを元通りに畳む。
 封筒にしまいこむと、私はそれをそっと机の片隅に置いた。

 成歩堂からの手紙を読まなかったことなど、一度もない。
 かつて幼かったころは、純粋に転居の理由を問うてくる言葉に正面から向かい合うことが出来なかった。
 そして今も、私を真っ直ぐに信じてくる言葉が痛い。

 どうして半年しかいっしょにいなかった友を、これほどまでに信じられるのか。
 もうあれから10年以上経った。10年あれば人間が変わるのなんて簡単だ。
 
 …事実、私は変わった。

「私はそんなに綺麗な人間ではないのだよ」

 窓越しでも、太陽は強すぎるほどの日差しで私の肌を焦がしていく。
 まるできみのようだ、と思いながら、机の隅の封筒を引き出しの奥に仕舞いこんだ。

 なぜ、きみだけはあの頃から変わらずにいられるのだろうか。

 私は今の私にならなければならなかった。そうすることで生きていられた。
 きみの真っ直ぐすぎる言葉を認めてしまっては、私は生きていけない。

 私は望んで今の私になった。
 それなのに、心が騒ぐのは何故だろう?


 …きみに会えば、答えが見つかるのだろうか。

 

 

07<< >>09

06<< n*m >>09