09 君がいない夜

 

 あの夜、ぼくは主役のいない宴会を抜け出してきみに会いに行った。
 明日には出られるって知ってても、どうしても会いたかった。
 アクリル板越しに他愛無い話をして、来年のクリスマスはみんなで集まって今年のことを思い出す暇
もないくらいに騒ごう、って約束を持ちかけた。

 その言葉に、困ったような泣き笑いを浮かべたきみの顔を鮮明に覚えている。

 もうひとつ、思い出す夜がある。つい3日前の夜。
 事件のせいで車を使えないままのきみと、夜道をゆっくり歩いて帰った。
 大通りの横の小さな公園の隅で、咲き誇る白い花を見た。
 もしや桜かと近づく。それはまだ早いときみが笑う。
 ほのかに薫る梅の花を眺め、春はもうすぐなんだね、桜が咲いたら花見酒だねと誘った。

 そしてやっぱり、きみは泣き笑いでぼくにこたえたんだ。
 


 つい昨日のこと。
 手紙ひとつを残して、おまえは消えた。

 

 今になってみて、あれは不器用なサインだったのだと思い知る。今しても仕方のない後悔をする。
 気づけなかったぼくが悪いのか。
 気づかせてくれなかったおまえが悪いのか。
 どっちにしたって同じことだ。
 もう、ここに御剣はいない。それだけが現実だ。

 「救った」なんて、たいそうな思い上がりだ。
 ぼくには何も出来ない。出来なかった。

「…出来なかったんだ」
 口に出して、自分を罰する。
 飲みなれない強い酒が、喉を灼く。ひりひりと痛い。

 きみが救われるなら、ぼくは自分の将来さえかなぐり捨てて構わないと本気で思えた。
 理由なんてないと思ってた。友達ってそういうものだと思ってた。
 でも、きみを救うことが出来て、あの夜にきみに会いたくなって。
 ぼくはようやく、その気持ちがなにを意味してるのかってことを悟ったんだ。
 普通なら戸惑うその答えを、ぼくは冷静に受け止めた。むしろ、自覚したことで心が綺麗に収まりどころを見つけた感じがした。

 ふたつの夜を思い出す。そのどちらにも、確かに御剣がいた。

 パーティーなんかじゃない、もっと違う過ごし方をしたいと照れずに言えばよかった。
 桜を見たいのは、酒が飲みたいからじゃない、きみと綺麗な花を楽しみたかったからだ。

 九分九厘拒絶される想いだとわかっていた。
 それでも、こんな結果になるのなら言っておけばよかったんだ。


 きみは、もうここにはいない。
 ぼくに出来ることは、もう何一つない。
 ぼくに言える言葉も、もうなくなってしまった。

 …好きだったんだよ。きっと、ずっと。

 いつか言うはずだった言葉は、灼けた喉の奥でアルコールの海に沈んでいく。
 そして遺された気持ちごと消えてしまえばいいと、ぼくは本気で願った。

 

 

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