10 あなたに会うまでは
気づくと、見覚えのある和室に正座していた。倉院の私の部屋だ。 目の前の小さな文机に、真宵の字で手紙が残されている。それで、私は真宵に呼ばれたのだと気づいた。 お姉ちゃんのもの、全部こっちに持ってきたよ。 (事務所の本はそのままなるほどくんに引き継いでもらったから、ここにはないけど) きっとあたしじゃわからない大切なものとか、見られたくないものとか、あるよね? だから、勝手に整理とか処分とかしちゃいけないかなって思って。 こんなことで呼んで、ごめんね。でも、よろしく。 真宵
P.S. 服、いらないのがあったらもらってもいい?
振り返ると、部屋の脇にはいくつかダンボールが積まれていた。 遺品(間違いなく遺品だ、これは)を整理する踏ん切りがつかないというのは世の中ではよくある話だけれど、だからといって本人にその整理を頼むというのも奇妙な話だ。 でも私たちには、それができてしまう。だから、これは倉院では珍しいことではなかった。 ガムテープで封をされた箱を、私はひとつひとつ丁寧に開けていく。
事務所に置いたままにしていた化粧品や簡単な着替えから始まって、住んでいた部屋の細かなインテリア、季節の服。小説や雑誌。家具は、真宵が私の部屋に住んでそのまま使っているはずだった。 私はまず、真宵の好きそうな服を選り分けて風呂敷に包んだ。その横に、化粧品を箱詰めして添える。 立ち上がって、残ったものたちを見下ろした。生きていたときには大切だったそれらも、今の私に本当の意味で必要なものではない。 だから、残りは全て処分してもらおう。そうするのが、きっと誰にとっても一番いい。
…違う。そんなはずはない。 私は唇を噛んで、白い部屋で昏々と眠り続ける彼の姿を思い浮かべた。
突然命を失った私は、彼に別れを告げることができなかった。 いつか目覚めてくれると信じていたのに、それを待つことができなかった。 目覚めた彼の傍で、一番最初に言葉を交わす存在でありたかった。 だけどもう、それは叶わない。
叶わないならせめてと、私は荷物の中から生まれて死ぬまでずっと肌身離さず持っていた勾玉を拾い上げた。 薄紫色のそれは、光の加減で深い色にも白にも見える。 石の中で、何かがたゆたうように揺れる。 それはきっと、私の命そのものだった。
勾玉を握り締めて、瞳を閉じる。居るかどうかもわからない神様に祈る。
きっとまだ残っていたはずの私のこの命を、彼のために使わせてください。 だからどうか、彼の目を覚まさせて。それが叶うまでは、私は死んでも死にきれない。
ゆっくりと目を開けて、手の熱でわずかにぬくもりを帯びた勾玉を机に置いた。 そして、真宵の手紙の下に返事を書き足す。
ありがとう。荷物は全部確認しました。 真宵の好きそうな服、包んでおいたわ。いらないものがあったらそれは処分して。 化粧品もつけておいたから、使いたければこれも使っていいわよ。 残りは、全部処分してしまって構わないから。面倒をかけるけれども、よろしくね。 千尋
追伸 勾玉は、真宵に託します。大事にしてね。 そしてもしも神乃木荘龍という人に会うことがあったなら、渡してあげて。 私の、恋人です。
書き上げた手紙を何度か読み返してみる。ちょっとだけ考えて、最後の一行を破り捨てた。
「…せめて、もう一度あなたに会うまでは生きていられると思ってたのにな」
泣き笑いでぽつりと小さく呟いて、私はこの身体と意識を真宵へと返した。
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